同級生の日本ハム新庄剛志監督に「いい報告ができるかな」 西日本短大付の西村慎太郎監督 35年前の夏が指導者としての原点【高校野球福岡大会】

AI要約

35年前の福岡大会決勝の再現となった西日本短大付と福岡大大濠の強豪対決。西日本短大付監督の西村慎太郎は敗れた当時の決勝が自身の転機となったエピソードを振り返る。

西村監督が当時プレーしていた際の決勝では、試合序盤にイレギュラーバウンドした打球を受けて救急車で運ばれるアクシデントがあり、結果を知らず病院から戻ったときは敗戦であった。

高校最後の夏の経験が西村監督の指導者への道を切り開き、35年後には後輩たちを率いて甲子園出場を果たすことになった。

同級生の日本ハム新庄剛志監督に「いい報告ができるかな」 西日本短大付の西村慎太郎監督 35年前の夏が指導者としての原点【高校野球福岡大会】

 ◆第106回全国高校野球選手権福岡大会決勝 西日本短大付5―2福岡大大濠(24日・北九州市民球場)

 35年前の福岡大会決勝の再現となった強豪対決。当時は選手だった西日本短大付の西村慎太郎監督にとって、福岡大大濠に4ー6で敗れて甲子園出場を逃した一戦が自身の転機になったという。

 西村監督は日本ハムの新庄剛志監督と同期で当時3年生。1989年の決勝は9番遊撃で出場したが、試合序盤でイレギュラーバウンドした打球を首に受け救急車で運ばれたのだ。「試合中に倒れて気づいたら病院にいました」。病院から戻ると試合終了直前の9回。1番中堅の新庄がサイクル安打を達成したのを見たが「病院から戻ったら負けていた」と敗戦の実感はないままだった。

 「もし、けがもせず甲子園に行っていたら多分、指導者にはなっていない。負けてあのとき試合に出られなかったのが指導者になったきっかけになりました」

 高校最後の夏の経験が母校を率いる原点となり、35年後に後輩の教え子を率いて甲子園へ駒を進めることになった。今季躍進著しい日本ハムを率いる新庄監督に「いい報告ができるかなという気持ち」と話した。(前田泰子)