【プロの目で見たウクライナ】ゼレンスキー大統領は自軍のロシア越境攻撃を知らなかった?

AI要約

ウクライナ軍がロシアに奇襲を仕掛け、それにより第二回国際平和サミットの開催が宙に浮いた。

ウクライナは何を目指して侵攻したのか、その狙いや背景について考察されている。

ゼレンスキー大統領の政権が停戦の道筋をつけるために動いていた中、ロシアとのエネルギーインフラ攻撃に関する秘密交渉の流れが変わった。

【プロの目で見たウクライナ】ゼレンスキー大統領は自軍のロシア越境攻撃を知らなかった?

8月6日、ウクライナ軍がロシア西部のクルスク州を奇襲した。

実は、あれはウクライナ軍の暴走ではなかったか、と私は見ている。

そして、11月の第二回国際平和サミットの開催は宙に浮いた。

ウクライナ側はいったい何をねらって越境侵攻に踏み切ったのか。

ロシア社会を不安に陥れて、プーチン大統領の足もとを揺さぶるためだったのか?

あるいは、ウクライナの東部と南部における劣勢をいっきに晴らすほどの戦果をあげて、西側の軍事支援を加速させるとともに、国民を鼓舞し、兵士の士気を高めるためだったのか?

作戦が開始されたのは8月6日だ。しかし当初、ゼレンスキー大統領がそれを認めることはなかった。彼がはじめて公式にそれについて表明したのは、侵攻開始から4日が過ぎた8月10日のことだった。

もしかしたら、前線から一報を受けて困ったのは、当のゼレンスキー大統領とその側近だったのではないか。政権中枢から折々に発せられる表明は、アメリカと西側諸国に宛てた弁明のように聞えてならない。

この夏、ゼレンスキー・チームは第二回国際平和サミットのためのロードマップを準備し、開催場所の選定をはじめ、会議のアジェンダ策定に忙しいはずだった。アメリカ大統領選挙の前に停戦への道筋をつけたいとの思惑から、予定を早めて11月に開催する意向を表明していた。

そして7月24日には、ウクライナのクレバ外相が中国を訪問し、王毅外相と会談したばかりだった。会談の中味は不明だが、ゼレンスキー政権が中国の協力を求めただろうことは想像にかたくない。

クレバは王毅に対し、ロシアを交渉に関与させる用意がある、との意向を伝えたという(産経、7月26日)。そして翌25日、ラオスで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会議のサイドラインで、王毅はロシアのラブロフ外相と会談している。

西側「パートナー」の後ろ盾を得てゼレンスキー大統領が提唱し、6月にスイスのビュルゲンシュトックで開かれた「平和の公式」サミットに、インドやサウジアラビアはじめ非欧米の主要国は冷静に距離を置いた。平和の希求には共感しても、共同声明への署名はしなかった。

幅広い支持が得られなかったのは、賛同しない国々の多くがロシアと何らかの利害を有するから、というだけの理由ではないはずだ。半面それは、北半球の西側先進国クラブに対する、静かな不同意の表明でもあっただろう。

彼らの多くは疑問に思っているにちがいない。どうしてウクライナだけ特別なのか、と。彼らは、現下のロシア・ウクライナ戦争の本質が、西側同盟と宿敵ロシアのあいだの戦争であることを見抜いているはずだ。ゼレンスキー大統領の主張はわかるが、どちらかの側につくことからは距離を置いた。

同時にそれは、アメリカ外交の威信の凋落を物語ってもいた。

アメリカは、ウクライナへ侵略したロシアに対して厳しい制裁を科す一方で、かたや中東では、パレスチナに対してイスラエルがおこなう非道を支持し、グローバルな覇権国が示すべき国際正義の規範の何たるかをおとしめた。非欧米の世界は問うだろう。たしかに、プーチンには代償を支払わせなければならない。ならば、イスラエル首相のネタニヤフはどうなのか、と。

したがって、ゼレンスキー大統領がめざす次の国際平和サミットの成功に、非西側世界で少なからぬ影響力をもつ中国の関与は欠かせなかったはずである。中国はロシアと直接対話のできる大国で、かつロシアがおこなうこの戦争を経済・外交の両面で支えてもいる。

しかし、その中国はもはや協力しないだろう。

他方、米紙ワシントンポスト(WP)は8月17日、ロシアとウクライナが互いにエネルギーインフラを攻撃しないよう、秘密交渉を模索していると報じた。だが、くだんの越境攻撃を踏まえ、ロシア側から延期を通告してきたという。こうしたすべての目論見がご破算になった。