経済制裁は本当に有効なのか ウクライナ侵攻から考える

AI要約

経済制裁の有効性や評価は研究者の間でも議論があり、目的によって効果も異なる。

権威主義的国家に対する経済制裁は効果が薄い可能性が高く、国民の生活困難や倫理的問題も生じることがある。

経済制裁は国際的な規範作りや第三国の行動抑止にも役立ち、効果を高めるためには協力体制や法的枠組みが重要である。

経済制裁は本当に有効なのか ウクライナ侵攻から考える

 ロシアによるウクライナ侵攻開始からまもなく2年半を迎えるが、戦争終結の兆しはみえない。ウクライナ国民がロシア軍のドローン(無人機)やミサイルによる攻撃に苦しむ中、ロシアでは国民が以前とさほど変わらない生活を送っている。そこで疑問が湧き上がる。米欧や日本が実施するロシアへの経済制裁には何の意味があるのだろうか。

 経済制裁はそもそも有効なのか。研究者の間でも評価は分かれる。1990年代には経済制裁は概して期待通りの効果が得られないとされた。

 「政治学者は経済学者と比べ、効果を低く評価する傾向があります」。そう語るのは、米ライス大のクリフトン・モーガン教授(政治学)だ。「経済学者は制裁が経済にどう影響を与えるかを観察します。一方、私たち政治学者は対象国の経済にかかるコストが指導者の行動を期待通りに変化させるかに注目します」と説明する。1914年から今日までの経済制裁の約3分の1は対象国の行動に影響を与えたとのデータもある。

 制裁の評価は、最初にどのような目的を設定するかによって変わる。モーガン氏らの研究に基づけば、太平洋戦争前に米国などが日本に対して実施した石油禁輸などは失敗例と推定される。「中国などに進出する日本の拡張政策を止めるのが目的だったからです」とモーガン氏は言う。

 一方、もしこれが日本を追い詰め、米国への攻撃を誘発する目的だったなら、成功と呼べる可能性もある。現在の対露制裁も同様だ。ロシアから欧州向けの原油、天然ガス輸出は激減し、中国、インド向けの原油輸出が増えた。ロシア経済は軍需産業を柱とする戦時色を強めている。だが、ロシアはウクライナ侵攻を止めていない。

 ドイツの国際問題研究機関GIGAのクリスチャン・ボンスースト主任研究員は「特に対露制裁のように、戦争が同時進行している場合の経済制裁の評価は困難です。西側諸国はウクライナへ武器などの支援も続けており、ロシアの行動に変化が生じても、原因が経済制裁なのか、軍事支援なのか厳密に判断できないからです」と指摘する。

 こうした点を差し引いても、実際、経済制裁を有効に機能させない要因は多い。ロシアや北朝鮮のような権威主義的な国家が対象の場合、一般国民が制裁の影響を受けても政府の政策を変更させる可能性は低くなる。

 そして制裁の対象となる国の8割は権威主義的国家だとする研究結果もある。ボンスースト氏は「さらに問題なのは、こうした国がプロパガンダで制裁を科した国への敵対心をあおり、国民の結集に利用することです」と語る。

 制裁対象国に協力国がある場合はさらに効果が薄れる。このため主要7カ国(G7)の対露制裁戦略は現在、民間企業や協力国を介した制裁の抜け道をふさぐことに集中している。6月のサミットでは、ロシアから中国やインドなどへ原油を運ぶ闇タンカー「影の船団」への規制が強化され、ロシアによる軍事物資調達を支援する中国の金融機関も制裁対象となった。

 また対象国の政府に影響が及ばないまま、国民の生活が困窮すれば、倫理的な問題も生まれる。ターゲット制裁と呼ばれる対象を指導者層に限定した資産凍結などの措置が取られるのはこのためだ。

 「経済制裁を科す国の政府は、制裁の影響が自国民に及ぶことや、対象国の一般国民を傷つけること、そして制裁の効果はすぐには出ないことを話したがりません。だが制裁の本当の狙いは長期的な効果にあることが多いのです」とモーガン氏は指摘する。

 経済制裁にはシグナル機能と呼ばれる、もう一つの狙いもある。「北朝鮮への制裁の効果が中国による技術提供で弱まったとしても、西側諸国が制裁を止める理由にはなりません。なぜなら、それが西側諸国による黙認と受け取られる可能性があるからです」とボンスースト氏は説明する。

 シグナル機能の対象は制裁相手国だけではない。例えば、ウクライナに侵攻するロシアに経済制裁を科さなければ、台湾への軍事介入の可能性を否定しない中国に誤ったメッセージを送ることになりかねない。制裁は潜在的な第三国による行動を抑止する効果を持つ。こうしたプロセスを通し「制裁は国際的な規範作りに寄与します」とモーガン氏は強調する。そして「経済制裁は、多くの国が協力した時ほど、効果が上がり、正当性も高まります」とボンスースト氏は指摘する。

 経済制裁はこれまで目標が多様化するのに応じ、評価も変わってきた。ターゲット制裁など、制裁自体が洗練されてきた側面もある。では、今後、制裁はどう進化するのか。「制裁の効果を上げるための国際的な協力体制や法的枠組みなどが発達すれば、実際の制裁の前に、対象国が行動を変えるなど、抑止効果が高まる可能性があります」とモーガン氏は予測する。その場合、経済制裁の効果はより見えにくくなる。

 一方、モーガン氏は「懸念されるのは、米国による経済制裁の乱用です。ロシアや中国、北朝鮮が国際経済からさらに切り離されると、次第に経済制裁の効果は薄れます。国際経済の効率が損なわれ、いずれ金の卵を産む鳥を殺すようなことになりかねません」と警鐘を鳴らす。

 経済制裁を戦争の代替手段として考えたのは、ウィルソン元米大統領だ。平和国家を目指し、軍事力の行使が制限される日本は特に、幅広い使途がある経済制裁に頼りやすい状況にある。だが一方で、経済制裁の効果は、短期的には限定され、効果の測定も難しい。日本はこうした特徴を踏まえたうえで、外交手段として活用していく必要がある。【欧州総局長・宮川裕章】