「修業期」なしで作家になった沼田真佑さんが取り組む文体改造 芥川賞受賞後6年を経て第1作連作短編集を刊行

AI要約

芥川賞受賞から6年を経た作家木山を主人公にした連作短編集「幻日/木山の話」。伏線回収を楽しむ娯楽性と、味わい深い言葉が魅力。

木山は抑うつや幻視に苦しむ<熊>と共に生活し、岩手から仙台へ移り住む中で日常と妄想が交差する8つの物語を描く。

作家としての修業に取り組む木山は、自身の文体改造に取り組みながら、平易な言葉で先の境地を目指している。

「修業期」なしで作家になった沼田真佑さんが取り組む文体改造 芥川賞受賞後6年を経て第1作連作短編集を刊行

 <過ぎる日はしっくりと身にあい、昇る月沈む陽は友人のように篤(あつ)かった。><真夏、真冬とは言うが、春秋はこれがその芯だと定めがたいものがあるからなのか、そうは言わない。>

 「影裏(えいり)」の芥川賞受賞から6年を経た受賞後第1作「幻日(げんじつ)/木山の話」は40代の作家木山を主人公にした8編の連作短編集だ。ちまたではやる、伏線回収を楽しむ連作短編の娯楽性はみじんもない。けれど、冒頭の文のように、書き抜いて、後でじっくり味わいたくなる言葉が木山の道行きのあちらこちらに現れる。

 受賞の後、編集者に長編を依頼された。だが書けない。1年半後、ようやく1話目の「早春」を書いた。木山は<熊>と名付けた抑うつや幻視に悩まされ、手なずけながら暮らす。この短編を入り口に、4年かけて8話を書き継いだ。

 岩手から仙台へ移り住む。上京して友人に会う。自作が映画化される。クロッカスの花、イワナ、サンショウウオ、チョウの群れ、いくつもの土地の川の流れ。男、女、子ども。作家の日常という私小説の色をまとい、現実と妄想が行き交う木山の物語は八つの異なる余韻をもたらす。

 自身にかせをはめて書き進めた。一度出てきた人物は登場させない。何かあるのかと思わせて何も起きない。それは「人物に頼らない修業」だ。次を書く時は一つ前の作品しか読まない。全てを読み直すと完成を目指してしまうから。青写真を描かず、予定調和を避けた。ジャズのインプロビゼーション(即興演奏)のように書き継いだ。「文章に癖はあるけど読みにくくはない。読点のリズムは意識した」。4年間、その時々に演奏した8曲を収めたライブアルバムのような短編集といえる。

 1978年北海道小樽市生まれ。中学から約20年間を福岡市で過ごした。芥川賞受賞時には盛岡市に住み、現在は仙台市に暮らす。

 文芸誌の新人賞から、そのまま芥川賞という道は快挙だった。だから「修業期」なしで作家になった自分には修業が必要だと感じてきた。今、編集者の元で文体の改造に取り組む。「書いた短編を別の角度から何回も見直して、いかに自分が昔の文豪に憧れているか、どこが気取っているかを見つける作業。次に進むには文体改造からしか始められない」。気取らず、平易な言葉で。先の境地を目指す。 (塚崎謙太郎)

◇「幻日/木山の話」は講談社刊、2090円。