天皇・皇后両陛下が乗ったパレードの馬車に元侍従が驚いた理由 「皇室と英王室に新しい風が吹いた」

AI要約

天皇陛下と皇后両陛下の英国訪問が友好親善関係を深める機会となり、両陛下に感謝の言葉が述べられた。

両陛下のパレードには元捕虜らが背を向けて抗議する一幕もあり、当時の緊張感を示唆するエピソードが描かれている。

訪英を成功させるために政府が協力し、両陛下の訪問が日英間の新たな風をもたらしたことが示されている。

天皇・皇后両陛下が乗ったパレードの馬車に元侍従が驚いた理由 「皇室と英王室に新しい風が吹いた」

「両国の友好親善関係が人々の交流を通じて深まってきたことや、英国の人々が日本に対して温かい気持ちを寄せていただいていることを実感し、うれしく思いました」。英国訪問を終えて帰国された天皇、皇后両陛下は、おふたりを迎えた英王室と現地の人びとへの感謝の言葉をつづった。かつて皇室に侍従として仕え、駐英公使を務めた人物は、今回の訪英を「ひとつの時代は終わり、皇室と英王室に新しい風が吹いた」と感慨を持って見つめていた。

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 ロンドンのバッキンガム宮殿へとつながる大通り「ザ・マル」を、天皇陛下とチャールズ国王、皇后雅子さまとカミラ王妃がそれぞれ乗った馬車は、騎馬隊の先導で走っていた。

 天皇陛下とチャールズ国王は互いに顔を寄せ、親しく言葉を交わしている。

 そして、沿道からの歓声に笑顔で手を振って応える両陛下と国王、王妃の馬車に、屋根はなかった。

 テレビで流れたその光景に、元侍従で駐英公使も務めた多賀敏行・中京大学客員教授は目を見張っていた。

「日本と英国の間に戦争の傷痕が厳然として溝を残していた時代は、もう終わったのだと実感したのです」

 

■天皇と皇后の馬車に背を向けた元捕虜の団体

 平成の天皇、皇后両陛下が国賓として英国に招かれた1998年当時、多賀さんは宮内庁から外務省に戻り、駐英公使として赴任していた。現地で両陛下をお迎えするための人事だったという。

 1990年代に入り「戦後50年」の節目が近づくと、英国では元捕虜らが日本に謝罪や補償を求める抗議行動が盛り上がっていた。

 両陛下の訪英が決まると、英紙は戦争中の捕虜問題を訴える記事をたびたび掲載。そうした動きを受けて、英大衆紙「サン」には捕虜の扱いを謝罪する橋本龍太郎首相(当時)の寄稿文も掲載された。

「訪英を成功させるために、日本政府は英国政府と緊密な協議を重ねました。在英日本大使館を含む外務省と宮内庁、そして総理官邸が一丸となり、不測の事態を招かないよう、ありとあらゆる手を尽くしたのです。英国側も誠意を持って応じてくれました」(多賀さん)

 

 そして1998年5月、平成の天皇と皇后が英国を訪問。バッキンガム宮殿に続く800メートルの沿道には、両陛下のパレードを待つ日英の市民らが集まった。

 不測の事態に備えて、馬車は個室のボックス型。沿道からは歓迎の声も大きかったが、旧日本軍の元捕虜らでつくる団体は両陛下の馬車に背を向け、シュプレヒコールを浴びせたのだった。

「彼らは天皇訪英が補償や謝罪に向けてアピールする最後の機会だと考えていたこともあり、抗議をしないわけにはいかないとの気持ちもあったのでしょう」

 そう振り返るのは、駐英大使を経験した人物だ。

 

■「背を向けた抗議行動はするようです」

 パレード当日の朝、両陛下は抗議行動があることを把握していた。両陛下は渡辺允侍従長(当時)との朝食の場で、現地大使館からの報告を受けていた。

「デモはしませんが、背を向けた抗議行動はするようです」

 陛下は黙ってうなずいたという。

 陛下の胸中は、この日の晩餐会で述べた「お言葉」に凝縮されている。

戦争により人々の受けた傷を思う時、深い心の痛みを覚えますが、(略)私どもはこうしたことを心にとどめ、滞在の日々を過ごしたいと思っています