この国には「愛子天皇」が必要だ…私が「天皇陛下のスピーチ」で感じた昭和・平成の皇室との決定的な差

AI要約

英国訪問での陛下と雅子さまの活動について述べられており、陛下の留学経験が訪英に生きている様子が伝えられている。

過去の日英関係の軋轢や問題点も触れられており、陛下が祖父や父のポジティブな言葉を引用しながら未来志向のメッセージを紡いでいる。

陛下のスピーチや活動を通して、日英の友好関係や世代間の架け橋について考えさせられる。

■陛下の留学経験がいきた英国訪問

 Do you find it difficult? 天皇陛下が少女にそう語りかけていた。6月27日、イギリス・ロンドン市内にあるV&A子ども博物館での英語だった。国賓として訪英した陛下と雅子さまの映像を追いかけまくったが、スピーチ以外で英語がはっきり聞こえたのは、唯一この折り紙ワークショップだけだった。

 画面には日本語訳「難しく感じますか?」がテロップで流れた。そうか”Is it difficult?”ではないんだな、などと思うほど英語音痴だから、バッキンガム宮殿での晩餐会をはじめ、陛下がスピーチをすべて英語で通した姿がまぶしかった。

 陛下のオックスフォード大への留学体験が十分にいきた訪英だった。英語の習得はもちろんだが、英国を親しく思う気持ちが根底にあり、それを英国の人々は知っている。温かさがあふれる訪英だった。

 最終日にお二人はオックスフォード大学に足を運んだ。陛下と同じく留学していた雅子さまは、名誉法学博士号を授与されとてもうれしそうに笑っていた。勉強が好きな努力家の小和田雅子さんが皇后になった。そのことを思い出させる笑顔だった。

 陛下と雅子さまは、きまじめな優等生という点で「似たもの同士」だと思っている。バッキンガム宮殿での陛下のスピーチも、及第点以上だった。「過去」と「現在」と「未来」を語ることがマストだが、注目されるのは「過去」。そのことをのみこんだ上で陛下が示した「解」は、主語を「祖父」と「父」にするというものだった。

■陛下が紡いだ未来志向のメッセージ

 日本の皇室と英国の王室の親交は、明治天皇と少年だったジョージ5世(エリザベス女王の祖父)にまでさかのぼる。だが第二次世界大戦で日本は英国人を捕虜にし、強制労働させた。死者も多数出た。

 だから1971年、陛下の「祖父」、昭和天皇が訪英した時は記念植樹の杉が翌日、根元から切り倒された。98年に陛下の「父」、上皇さま(当時は天皇)が訪英した時は、美智子さまと乗った馬車に元捕虜たちが背を向け抗議の意を表明した。

 その「過去」を陛下は、「日英両国には、友好関係が損なわれた悲しむべき時期がありました」と表現した(宮内庁HPから。以下、スピーチはすべて)。が、そのことへの評価その他は避け、次からは「祖父」と「父」のポジティブな言葉を引用した。

 「私の祖父は、1971年の晩餐会で、日英両国の各界の人々がますます頻繁に親しく接触し、心を開いて話し合うことを切に希望し、また、私の父は、1998年に同じ晩餐会で、日英両国民が、真にお互いを理解し合う努力を続け、今後の世界の平和と繁栄のために、手を携えて貢献していくことを切に念願しておりました」。

 戦後生まれの陛下が、自分を主語に戦争を語っても嘘になる。かといって、他人事として語るのも違う。だから「悲しむべき時期」とした上で、「祖父」と「父」の未来志向を語った。「正解」だったことは、河西秀哉名古屋大学大学院准教授の「次の世代の思いを強調した内容だ」という朝日新聞へのコメントからもわかる。

 「現在」について陛下は、「(日英)両国が連携・協力して世界を牽引している分野」がたくさんあると述べ、すでに視察したところ、これから視察するところをあげつつ具体例を示していく。最後の「未来」を語る場面では日英関係が「かつてなく強固に発展している」とし、好きな「山」にたとえてこう締めた。「裾野が広がる雄大な山を、先人が踏み固めた道を頼りに、感謝と尊敬の念と誇りを胸に、更に高みに登る機会を得ている我々は幸運と言えるでしょう」。