海外に出る前に知っておきたい「日本のキホン」─「どうして世界で発酵が注目されているんですか?」

AI要約

発酵とは人間に役に立つ微生物の働くプロセスであり、日本では食品の保存や調理において重要な役割を果たしてきた。

日本の多様な微生物の生態系を活かし、塩や灰など特殊な環境下でも生きる菌を活かした独自の発酵食品文化が栄えている。

日本は世界でも有数の発酵大国であり、味噌や日本酒などの発酵食品がその豊富な微生物の恩恵を受けて育まれてきた。

海外に出る前に知っておきたい「日本のキホン」─「どうして世界で発酵が注目されているんですか?」

近年、「発酵」が世界的ブームになっています。私たち日本人にとって味噌や納豆などの発酵食品は、あまりにも身近な存在で深く考えたことがなかったかもしれません。

「発酵デザイナー」として、世界の発酵ブームにも一役買ってきた小倉ヒラクさんが、発酵文化の基本から今後まで詳しく解説します。

「最近、『発酵』という言葉をよく聞くけれど、どうしてですか?」

毎年このような質問をもらうことが増えています。僕がこの世界に関わるようになった15年前は、地域で食育や農業に関わるごく一部の人しか興味のなかった発酵という存在。実は単なる食のトレンドを超えて、質問した人の想像以上に僕たちの生活に密接に関わっている重要なものなのです。

発酵を最も広義でいうならば「人間に役に立つ微生物の働くプロセス」です。

地球上にはありとあらゆる場所に微生物たちがひしめいています。家やオフィスの部屋の空気中には1立方メートルに最低数千、1グラムの畑の土には数億の微生物たちが棲息しています(人間の視力がたいしたことなくて良かったですね)。これらの微生物はさまざまな物質を栄養にして、繁殖し化学反応を起こしています。この化学反応のうち、たまたま人間に役に立つものを「発酵」と定義しているのです。

具体例を紹介しましょう。牛乳をそのへんに放っておきます。そのときに乳酸菌という人間に役に立つ菌が牛乳にくっつくとヨーグルトになります。しかし運が悪くバイ菌が入ってしまうと、牛乳は腐って悪臭を放ち、人間が飲むとお腹を壊してしまいます。

どちらも同じ牛乳。しかし乳酸菌が働くと発酵食品に、バイ菌が入ると腐敗になってしまいます。これが発酵の根本原理です。

乾いた牧草地帯では比較的バイ菌が少ないので、とくに何の工夫をしなくてもヨーグルトをつくることができます。しかし、温暖湿潤な日本では発酵菌もバイ菌も菌の母数が多く、食べ物を放っておくと腐ってしまうリスクが高い。また、四季があり農業のできない厳しい冬のある日本では、秋までに収穫した作物を貯蔵しておく必要があります。そこで塩蔵や干物(燻製)をはじめとした保存食の文化が生まれてきます。

菌の多様性が高い日本では、塩分濃度が高い環境や灰で燻した高アルカリの環境でも生きることができ、かつ人間に有用な働きをしてくれる菌がいます。その結果、単に腐敗を防ぐだけでなく、特殊な発酵菌によって美味しくかつ高機能化したユニークな発酵食品が生まれました。しかも各地域の食材や生物多様性にあわせて、数え切れないバリエーションが長い歴史のなかで育まれていったのです。

たとえば、お味噌は、塩に強い発酵菌を活かした調味料。かつお節は高アルカリでも生きられるカビをうまく活かした、だしの定番として和食を支えています。さらに、日本にしかいないコウジカビという特殊なカビを活かしたのが日本酒や甘酒の文化で、日本的な嗜好品の世界を形成しています。

日本列島に特徴的な、寒暖差のある気候、多様な微生物の生態系を活かすことで日本は世界でも有数の発酵大国になったのです。