「地図から消える女」とレベッカ・ソルニット

AI要約

オンライン化が進む中、アカデミックな情報へのアクセスが容易になっている。その影響で観衆の裾野が広がりつつあり、興味深い情報が得られることもある。

中世から現代にかけて地図の中に描かれる大陸の寓意像の変遷がある。女性像が登場するようになったルネサンス期以降の変化についても触れられている。

十八世紀に入ると、大陸の寓意として描かれる女性像が減少し、そのアトリビュートだけが残されるという変化が起こる。

「地図から消える女」とレベッカ・ソルニット

地図の上で表現されるのは「場所」だけではない。話題の新刊『地図とその分身たち』の著者であり、『ウォークス』はじめレベッカ・ソルニットの数々の著作の翻訳者でもある東辻賢治郎さんが、「群像」に寄稿して反響を呼んだエッセイ(2021年6月号)を再編集してお届けします。

パンデミックの影響からイベントやリソースのオンライン化がすすみ、とりわけアカデミックな情報についてはアクセスへのハードルも下げられている。もちろんそれは場所の使用や移動を封じられた者の便益のためなのだが、それなりの関心を払えばさまざまな告知が舞い込むようになり、誰であれわずかな登録作業でどこからでも参加できるイベントが増えている最近の事情は、一方で「観衆」の裾野をひろげるという図らざる余波を生んでいるのではないかと想像する。

そんな世間に乗じて、自室に居ながらいろいろな会合の立ち聞きをしていると、時には意外なことを教えられることがある。たとえば先日、オックスフォード大学地図学セミナーが開催した「女性と地図」というカンファレンスの中で印象に残る報告があった。それは中世から近代の地図史を専門とする発表者による、地図の中に描かれる大陸の寓意像の変遷についての短い報告だった。

それによれば、世界の諸大陸の象徴としては長らくノアの息子たちが描かれるが、ルネサンス期以降、古典復興の影響もあり女性像で表されるようになる。その端的な例は近代的アトラスの嚆矢として知られるオルテリウス『世界の舞台』の扉絵に見られるもので、そこには建築要素を背景に四体の女性像とひとつの胸像が配置され、頂部にはヨーロッパが叡智を備えた着衣の女性として鎮座し、その下にアジアを表す香炉を持つ女性およびアフリカを示す黒い肌の半裸の女性が立位で描かれ、そのさらに下に、野蛮な裸女として北米の横臥像が、その足元にはまだ全体像が判明していない南洋の大陸を示す胸から上だけの像が置かれている。やがて慣習的な地図装飾の一部として、諸大陸を示す地図にはそれぞれの大陸に該当する女性の寓意像が衣服や武具、植物や動物など、さまざまなアトリビュートとともに描き添えられるのが一般的となる。

そこまではさほど目新しい話ではない。興味を惹かれたのは、十八世紀に訪れるその種の図像の変化である。報告者によれば、大陸の寓意として描かれる女性像は次第に減ってゆくのだが、そのアトリビュートはその場に置かれたままなのだという。示される例を見れば、たしかにさきほどまでそこにいた女が不意に消えてしまったかのように、アクセサリーや衣服やさまざまな小道具がその場に取り残されている。いわば寓意像から女性の身体だけが消えているのだ。

発表者はその変化の背景について質問を受け、地図装飾が全体的に簡素化されてゆくという、その時期の一般的な傾向について述べていた。このカンファレンスは発表時間も短く内容も多岐にわたり、この主題が深く掘り下げられることはなかったが、西洋近代の地図の片隅でまず女の身体が消えるという話がしばらく頭に残った。