国旗も国歌もない中立選手のメダルがあぶり出した平和の祭典の現実

AI要約

バルジロウスカヤ選手が逆転で金メダルを逃したが、英国人選手を祝福し、フェアな精神を見せた。

バルジロウスカヤ選手は中立選手として参加し、銀メダルを口にかみ笑顔を見せた。

五輪は戦争や政治と関わりがある現実を考えさせ、選手たちのフェアな姿勢が大切だと感じさせる。

国旗も国歌もない中立選手のメダルがあぶり出した平和の祭典の現実

 パリオリンピック(五輪)トランポリン女子決勝で、逆転で金メダルを逃したビヤレタ・バルジロウスカヤが、こぼれそうになる涙を目にためて、優勝に歓喜する英国人選手を抱きしめて祝福した。

 映像に映し出されたのは一瞬だったが、悔しい思いを胸にしまって笑みをつくった彼女のフェアな精神に心を打たれた。

 ウクライナに侵攻したロシアの同盟国ベラルーシの選手で、IOC(国際オリンピック委員会)が国としての参加を認めていないため“戦争を支持していない”個人の中立選手(AIN)での出場だった。開会式の参加や国旗・国歌の使用も認められていない。

 それでも彼女は表彰式で銀メダルを口にかんで笑顔を見せた。それは他国の選手と同じ、19歳の純なアスリートの顔だった。共同通信によると試合後「精神的にも肉体的にも大変な努力の成果なので、とてもうれしい」と語ったという。

 きっと幼い頃からいろんなことを犠牲にして、五輪でメダルをつかむ夢だけを追いかけてきたのだろう。そう思うと彼女が政治に巻き添えになった犠牲者に見えてきた。

 21年東京五輪のある騒動を思い出した。陸上のベラルーシ女子代表のツィマノウスカヤが、経験のない1600メートルリレーへの出場をめぐりチームを批判。その後「投獄される」と帰国を拒否して保護を求めた。政権を批判した選手は拘束されたり、所属先を解雇されるなどの迫害を受けていたという。選手が「反戦」を公言できないのは、そんな事情もあるのだ。

 今もロシアとベラルーシの選手の出場には根強い批判がある。ロシアの侵攻でウクライナの470人もの選手、コーチが亡くなっている上に、中立選手を見分けるのは困難で、メダリストが政権の求心力強化に利用される可能性が高いからだ。

 五輪憲章には「人種や性別、宗教や民族、政治的意見などの差別を禁じる」と明記されているが、スポーツが社会の一部である以上、五輪も戦争から離れて存在することはできないという現実もある。

 戦火の五輪は「平和の祭典」の崇高な理念と、現実との乖離を浮き彫りにした。だが、そんな困難な世界情勢だからこそ、五輪に、スポーツに何ができるのかを、真剣に考える契機にもなるはずだ。その最も大きなきっかけになるのが、フェアに戦う選手たちの姿なのだと思う。

 女子の後に行われたトランポリン男子では、同じベラルーシのイワン・リトビノビッチ(23)が2連覇を成し遂げ、今大会初のAINの金メダリストになった。国旗も国歌もない表彰式が「選手間の競争であり、国家間の競争ではない」という五輪本来の理念を踏襲していたのが何とも皮肉だった。【首藤正徳】