職場の不正を告発したら異動、仕事の半分「自習」に…男性を蝕んだ会社の報復「公益通報の穴」

AI要約

職場の不正に関する公益通報制度が重要性を増しているが、通報者に対する報復が後を絶たず、安心して告発できる環境整備が急務である。

通報者保護法の改正があったものの、制度の不備が依然として残り、通報者の善意が前提であることに問題がある。

通報者が報復や組織からの不当処遇を受けるリスクが高い現状を踏まえ、制度の見直しが求められている。

職場の不正を告発したら異動、仕事の半分「自習」に…男性を蝕んだ会社の報復「公益通報の穴」

 働く人が職場の不正について声を上げる公益通報制度。昨年、自動車メーカーや中古車販売業者で内部告発から不正が発覚し、社会や消費者の安全につながる事例が相次いだ。一方、通報者が「裏切り者」と見なされ、不当な配置転換や嫌がらせを受けたという訴えは後を絶たない。安心して告発できる環境を整備することが急務だ。

 「内部告発に対する会社から私への『報復』で、不当な人事異動だと受け止めている」。湖南市の食品工場に20年以上勤め、品質検査に従事してきた男性はこう訴える。

 男性によると、2021年、商品の原料から異物が検出された。工場では原料の廃棄や安全性の高い保管袋への交換が行われたが、男性は「出荷済み商品の検査や社員への注意喚起が不十分」と感じ、上司に申告。状況は変わらず、22年6月に県の通報窓口へ連絡し、同11月~23年3月に社内にも通報した。

 23年4月、新設部署へ異動を命じられた。所属は男性だけだった。男性の当時の記録には、就業時間740時間のうち、半分以上に当たる410時間が「自習」だった。新型コロナウイルス禍を理由に社内の移動や周囲とのやりとりも制限され、異動から約5カ月後にうつ病と診断された、という。

 一方、会社側は京都新聞社の取材に対し「(男性の異動に)違法な取り扱いは一切なく、人材教育やキャリア開発、組織の活性化を目的としている」と説明する。

 消費者庁が今年2月に公表したアンケートでは、通報の経験がある476人のうち17・2%が「(通報を)後悔している」と回答。そのうち42・1%が社内での嫌がらせや人事評価の減点を挙げた。

 5月には、本部長が警察官の犯罪を隠蔽(いんぺい)しようとしたとして内部告発した鹿児島県警の元幹部が、国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕された。兵庫県では、知事によるパワハラ疑惑などを内部告発した県幹部が懲戒処分を受け、今月に入り自殺したとみられる事案が起きている。

 22年6月施行の改正公益通報者保護法は、従業員300人以上の企業や組織に対して通報体制の整備を義務付け▽通報を理由とした降格や減給など不利益取り扱いの禁止▽通報窓口や内部調査を行う担当者の守秘義務―などを新たに定めた。

 しかし、いずれも努力義務の範囲を出ず、事業者側への刑事罰の導入は見送られた。組織には制裁が及ばないのが実情だ。

 食品工場に勤める男性は今年5月、会社を相手に損害賠償を求める訴えを大津地裁に起こした。「法律に守ってもらうことはできなかった。同じ思いをしている人たちのためにも、自分が納得できるまで行動したい。会社には真摯(しんし)に向き合ってほしい」と話した。

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 公益通報制度に詳しい浅岡美恵弁護士 現在の制度は通報者の善意が前提となっており、公益通報者保護法が十分機能しているとはいえない。報復措置に対する組織への刑事罰の導入は度々議論に挙がるものの、いまだ実現に至らないのが現状だ。制度は長期的にみれば組織を守り、消費者の安全と利益につながる。社会全体に意識が浸透するよう広く考えるべきだ。