無上の佳味(7月12日)

AI要約

芥川龍之介の短編「芋粥」は、平安時代の舞台で赤鼻の侍が芋粥に異常な執着を持ち、心理が描かれる物語である。

阿武隈高地の最高峰・大滝根山の麓に位置する川内村の高田島地区では、自然薯の産地化を目指し、生産量を増やす取り組みが行われている。

自然薯は愛称が「天空の自然薯」と呼ばれ、災禍からの立ち直りや古里再興の情熱を象徴し、豊かな風味と粘りが人々を勇気付ける。

 〈無上の佳味として、上は万乗の君の食膳にさえ上せられた〉。芥川龍之介の短編「芋粥[いもがゆ]」にある。自然薯[じねんじょ]とも呼ばれる山の芋を切り込み、甘葛[あまづら]の汁で煮た粥を指す。いにしえの貴人もとりこにしたようだ▼小説の舞台は平安朝。風采の上がらぬ赤鼻の侍は芋粥へ異常な執着を持つ。「いつになったら、これに飽ける事かのう」。その手助けをしてくれるという男の誘いに乗るのだが…。「願望」は微妙に揺れ動き、次第にあやしくなってゆく。そんな人間の心理は、芥川の末路と同様、不安定で、か細い線上にある▼阿武隈高地の最高峰・大滝根山の麓に位置する川内村の高田島地区。自然薯の産地化を目指す営みは2年目を迎えた。昨年の5倍近くに及ぶ700本の生産を目指している。農家は土の中で太く、長く伸びる姿を思い描き、畑の手入れに汗を流す▼高冷地で収穫されるのにちなみ、愛称は「天空の自然薯」。強い粘りと豊かな風味に思わずうなる。災禍で生じた、ぼんやりとした明日への不安など吹き払うように。古里再興への情熱は土壌に染み入り、無上の佳味を生む。悩める河童の文豪にも献上したかった。人知れず命をつなぐモリアオガエル生息の地で。<2024・7・12>