書評家・杉江松恋が読む第171回直木賞候補作 〈令和一おもしろいミステリー作家〉青崎有吾「地雷グリコ」に本命を打ちたいが……。「日出る処のニューヒット」特別編

AI要約

7月17日、第171回直木賞の選考会が行われる。前回は6作が残り、今回の最終候補は5作である。

今回の候補は新鮮であり、3人の初候補者がいる。柚木麻子と一穂ミチは過去に受賞歴があるが、他の作家も注目されている。

直木賞候補作品それぞれについて詳細な紹介が行われている。

作品『令和元年の人生ゲーム』は高校生を主人公としたゲーム小説であり、読者を没頭させるスリリングな展開が特徴的である。

真相を示唆する手がかりの出し方も巧みであり、物語の構造はミステリーの要素を含んでいる。

青崎有吾の作品『地雷グリコ』はゲームルールに基づいた物語であり、漫画作品からの影響が感じられる。年配読者にはゲームルールがわかりにくいという指摘もある。

書評家・杉江松恋が読む第171回直木賞候補作 〈令和一おもしろいミステリー作家〉青崎有吾「地雷グリコ」に本命を打ちたいが……。「日出る処のニューヒット」特別編

 7月17日、第171回直木賞の選考会が行われる。前回は、絞り切れなかったのか6作が残ったがそれはあくまで異例(受賞作は河﨑秋子『ともぐい』と万城目学『八月の御所グラウンド』)、今回の最終候補は5作である。

・青崎有吾『地雷グリコ』(KADOKAWA)初

・麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)初

・一穂ミチ『ツミデミック』(光文社)3回目

・岩井圭也『われは熊楠』(文藝春秋)初

・柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)6回目

 今回は新鮮さを感じる顔ぶれとなった。初候補が3人いる。3回目が一穂ミチ、柚木麻子が6回目である。『ツミデミック』の一穂ミチは2007年のデビューだから長い筆歴があるが、ジャンル小説での活躍だったので一般文芸ではまだ中堅と呼ぶには早い位置にいる。ただし一般文芸に転じて間もなく発表した『スモールワールズ』で早くも第165回の直木賞候補となり、同作で第43回吉川英治文学新人賞を獲得した。直木賞レースでは最有力候補と見なされ続けた作家である。

 候補6回目の柚木麻子も有力者としてここ数年動向を注目されてきた作家であり、2014年に『ナイルバーチの女子会』で第28回山本周五郎賞を獲ってから間が空いているので、そろそろ次の段階に進むことを期待したい。だが、同じ山本周五郎賞の第37回を『地雷グリコ』の青崎有吾が初候補でいきなり受賞した。同作は第24回本格ミステリ大賞、第77回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)もさらっており、2024年上半期を代表する大衆小説の1つとなった。この勢いは無視できないだろう。さらに、新人文学賞とは別のところから出てきた麻布競馬場、ここ数年目をみはるほどの精力的な執筆ぶりを見せつけている岩井圭也もおり、事前予想は非常に難しい。まずは、それぞれの作品をご紹介したい。

 高校1年生の射守矢真兎(いもりや・まと)を主人公としたゲーム小説であり、骨格にミステリーの謎解き構造が組み込まれ、仮説構築と検証によって物語は展開する。先を読みづらくさせる展開のスリルで没頭させられる小説で、真相を示唆する手がかりの出し方も完璧である。

 表題作の題名は射守矢が最初に挑むゲームを指している。都立頬白高校の文化祭で、屋上を選んだ射守矢の1年4組と生徒会の要望が重なり、そうした場合の伝統である“愚煙試合”で使用権が決められることになる。愚煙試合では毎回オリジナルのゲームが行われるのだが、この場合は“地雷グリコ”である。じゃんけんの手で進める数が決まっており、先に階段を上り切ったほうが勝ち、というのがオリジナルのグリコだ。双方のプレイヤーが、その途中の段に3発の地雷を仕掛けることができる。実際に爆発するわけではないが、被弾した相手は10段後退しなければならないのである。ゆえに、地雷グリコだ。

 どこに地雷を仕掛けるかだけではなく、自分の作戦を相手が読みにくることを前提に、その裏をかく戦略が必要になる。つまり心理戦なのだ。以降、坊主衰弱、自由律ジャンケン、だるまさんがかぞえた、フォールーム・ポーカーと、名前を聞いただけで興味を惹かれるゲームの数々を射守矢は闘うことになる。語り手は彼女の親友である鉱田なのだが、その目から見ても射守矢が何を考えているかはまったくわからない。一見頼りなくさえ思える人物が実はものすごく強い、というキャラクター設定も本書の魅力である。

 青崎は『嘘喰い』への傾倒を公言しており、同作を含めた漫画作品からの影響が強く感じられる。選考委員がそうした作品をどう評価するかが焦点だろう。不安なのは、年配読者の中には各話のゲームルールがよくわからなかった、という感想を述べている方が少なくないことだ。こんなにわかりやすく書いているのに、と思う。