[月めくり京都 継匠]祇園祭の大役を一心に支える

AI要約

7月、古都は祇園祭一色に染まる。

祇園祭・前祭の長刀鉾の神事や巡行についての様子。

稚児係の役割や稚児たちの準備について。

 7月、古都は祇園祭一色に染まる。

 京都市内が36度超の猛暑となった5日午後、四条通に集まった観衆から喝采が起きた。 長刀鉾(なぎなたほこ )で営まれた神事始めの「吉符入り」。稚児の西川雅基(11)が、補佐役の 禿(かむろ) 2人を両脇に伴い、会所2階から身を乗り出して「太平の舞」を披露した。会所の窓を鉾の上に見立て、慎重に手を運ぶ。「本番前の度胸試し。その怖さを、稚児係との信頼関係がなくしていく」。背後で見守った稚児係代表の井尻浩行が力を込めた。

 祇園祭・ 前祭(さきまつり )の山鉾巡行(17日)で、長刀鉾は23基の先頭を進む。稚児は、神域との結界とされる 注連縄(しめなわ )を太刀で切り、巡行の始まりを告げる。昔は他の鉾も稚児を乗せたが、「 生(いき )稚児」は長刀鉾ただ一つ。神の使いとして、地面を踏まないよう担がれて移動する神聖な存在だ。

 稚児係は4人。選定段階の交渉から携わり、稚児家、禿家をあらゆる面で一心に支える。かつては長刀鉾町内の長老格が担った。

 井尻は、家具製造販売「二葉工業」(京都市)の4代目。いとこと兄が稚児、禿を担った縁で8歳の時、 囃子(はやし )方として入った。稚児に 抜擢(ばってき )されたのは、その翌年の1978年、小学4年生の時だった。その後は囃子方を続けたが、稚児の経験を買われて稚児係となり、今夏、21人目を送り出す。

 2日、舞の稽古が会所であった。浴衣姿の稚児や禿らがそろい、約1時間半手ほどきをした。重視するのは、形だけではない。一つ一つの儀式や所作、装飾品に至るまで意味や歴史を知ってもらうことに心を砕く。

 例えば太平の舞。稚児は小さな鼓「 鞨鼓(かっこ )」を腹に付け、両手のバチを大きな円を描くように動かして打つ。禿は 金箔(きんぱく) の 団扇(うちわ )を円を描くようにあおぐ。「稚児は月、禿は太陽の象徴。満月と太陽の力を得て、悪いものを浄化しながら鉾が進むんやで」。わかりやすく、心に残るよう、丁寧に語りかける。