「いつお迎えがきてもいい」85歳以上が死を恐れず、自然に受け入れられる能力を備えている納得の理由

AI要約

ヒトの寿命が長い理由について、生物学的な面や進化の観点から解説されている。

おばあちゃん仮説によれば、人間の長寿は社会構造や子育ての仕組みに由来している。

シニアと若者の役割分担が人間社会の発展に寄与してきたと考察されている。

■55歳前後で死ぬはずのヒトが長命になったワケ

 死は、他者を生かすための、最も利他的な行為とも言えるでしょう。私たちは、人類の先祖の死と引き換えに生かされてきたのであり、死ぬことによって、将来の人類に「恩送り」ができるというわけです。そう考えれば、自分の死が意味のあるものとわかり、慰めになるのではないでしょうか。

 ご存じのように、ほとんどの生物は、子どもの誕生や成長を見届けると死んでしまいます。例えば、サケは、自分が生まれた川に戻ってきて産卵すると、力尽きたように息絶えます。そうした姿を、皆さんも、TVの映像などでご覧になったことがあるはず。しかし、「万物の霊長」を自称する人類は、いささか特殊と言えるでしょう。

 ヒトは、陸上動物の中でも屈指の長生きです。ただし、生物学的なヒトの寿命は本来、55歳前後だったと考えられます。

 根拠の1つ目は、ゲノム(生物の遺伝情報)がヒトと約99%同じであるチンパンジーやゴリラの寿命が、40~50年だからです。

 根拠の2つ目は「心臓の寿命」。ヒトだけは例外的に少し長いのですが、基本的に哺乳動物の心臓は、約20億回しか拍動できません。拍動回数の限界と1回当たりの拍動の時間から計算すると、ヒトの寿命も50年前後という結果になるのです。

 3つ目の根拠は「細胞の劣化」です。細胞の分裂回数には限界があり、ヒトの細胞の場合、約50回分裂すると分裂をやめて、死んでいきます。古い細胞と「幹細胞」によってつくられる新しい細胞は、絶えず入れ替わっており、約4年で体のほぼすべての細胞が刷新されます。

 ただし、心臓を動かす心筋細胞と、脳や脊髄の神経細胞は入れ替わりません。細胞が傷ついたら、それきりです。細胞のDNAは、紫外線や放射線、活性酸素などによって傷つくと、ゲノムが変異します。ゲノムの変異は分裂のたびに蓄積され、細胞増殖のコントロールに関わる遺伝子が壊れると、がん化してしまうのです。

 ヒトの場合には、細胞のがん化が、55歳くらいから顕著になります。がん細胞や病原菌から体を守る免疫機能も、その頃から大幅に低下します。

 それでは、なぜヒトの寿命は延びたのでしょうか? 一つの推論として挙げられるのが、人類が、長期間の「老後」を生きるという選択をして、“進化”したということです。

 生物学的には、動物が子どもを産めなくなった段階、雌の閉経が「老化」、それ以降の時期が「老後」と定義されています。ところが、老後がある哺乳類は、人間以外ではシャチ、ゴンドウクジラくらいしかいません。

 チンパンジーは寿命が40~50年ですが、死ぬ直前まで生殖可能なので、“老後”はありません。それに対して、ヒトの女性の場合、50歳前後で閉経を迎えても、さらに、30年以上生きるケースが一般的です。

■シニアこそ重要という「おばあちゃん仮説」

 ヒトに老後がある理由の一つとして、「おばあちゃん仮説」が提唱されています。ヒトの先祖は、全身を体毛に覆われていたと考えられていますが、進化の過程で多くの体毛を失っていきました。そのため、ヒトの赤ちゃんは、チンパンジーやゴリラの赤ちゃんのように、親にしがみついて移動することができなくなってしまったのです。

 ヒトの赤ちゃんは、親が「抱っこ」をして世話をしなければならず、育児に大変な時間と労力がかかるようになりました。そこで、母の母=「おばあちゃん」の寿命が長く、若い母親の子育てをサポートしたり、母親の代わりに孫の世話をしたりできるヒトの種族が選択され、勢力を伸ばしたというわけです。ちなみに、シャチやゴンドウクジラにも、シニアが子育てを手伝う習性があります。

 人間の場合、コミュニティを形成して社会生活を営むので、孫の世話は、母の父=「おじいちゃん」も担うようになったのでしょう。飢饉で困った村人が老いた母親を殺そうとする「姥捨て山」という昔話もありましたが、実は、人間のシニアには、もともと生き続けなければならない“ミッション”があったと言えるでしょう。さらに、人間のシニアは、社会をまとめるという重要な役割も果たしていました。そのおかげで、若い世代は仕事に集中できて、豊かになり乳幼児の生存率もアップし、生き延びるのに有利な集団をつくれたのではないかと、私は推察しています。

 若者は、チャレンジングで社会を革新するパワーがありますが、欲望のままに暴走する危険性も持ち合わせています。それに対して、シニアは「保守的」とよく批判されますが、若者の暴走を抑え、社会基盤を安定させるのに貢献しているのです。

 そうした若者とシニアの二層構造がうまく機能してきたからこそ、人間社会は生産性が高まり、発展できたとも、私は考えています。

 それだけではありません。自らの手で寿命の壁を突破し、長生きできるようになった生物は、ヒトだけと言っていいでしょう。