「妻の漢気の言葉に背中を押された」大手企業を辞めた33歳"野球バカ"が入魂する"絶品バーガー"の愛妻の隠し味

AI要約

33歳の社会人野球チームの主力選手が都内でハンバーガー店を開業し、なぜサラリーマンを辞めたのか、同級生の妻に背中を押されたことが理由である。

スポーツ選手のセカンドキャリアについて考え、社会人野球選手が引退後に新たな道を歩む可能性について述べられている。

ハンバーガー店を開業する動機や経緯、そしてハンバーガーへの愛情がどのように形になったかが描かれている。

社会人野球チームの主力選手だった男性はこの6月、都内にハンバーガー店を開業した。33歳で正社員から自営業者へ。3人の子持ち。なぜ、サラリーマンを辞めたのか。背中を押したのは、共に店の厨房に立つ同級生の妻だった。フリーランスライターの清水岳志さんが取材した――。

■野球一筋の人生、3人の子持ちの33歳が飲食店に挑む

 スポーツ選手はいずれ引退する。課題となっているのは、そのセカンドキャリアだ。早ければ20代で現役をやめて次にどんな仕事に就くか。テレビ解説者やコーチ、監督として声がかかるケースはレアだ。

 それまでそのスポーツ一筋だった人がプロ選手なら解雇・自由契約になったとき、次の生業をあらかじめ準備している人は少ない。

 一方、社会人野球の選手は引退してから社業に就くことができる。多くは大企業で給与水準も高く、定年まで働き続けることも可能だ。本人はプロ志望だったかもしれないが、一歩届かなかったことがいいほうに作用した形だ。

 ところが、その好待遇を捨てる人物もいる。社会人野球の東京ガスの主力選手だった建部賢登さん(33歳)。

 6月、東京・目黒区にハンバーガー店を開店させた変わり種だ。自らを「ちょっと変なんです」と言う。なぜ、ハンバーガーだったのか。実にシンプルでストレートな返答だった。

 「ハンバーガーがとにかく好きだったんです」

 昔からグルメバーガーをよく食べていた、という。今は閉店してしまったが大森(大田区)にグルメサイトで高い評価を得ていた『チェンジイズバーガー』という店があった。

 所属していた東京ガス野球部のグラウンドの近所にあって、よく立ち寄った。

 いつしか自分でも作りたくなって、自宅キッチンで真似して作るように。美味しく作りたいから教えてほしいと店のオーナーに何度も頼みこむと、その熱心さが通じたのか厨房への出入りも許された。そこから予期せぬセカンドキャリア人生がスタートしたのだ――。