「大谷翔平にもっとも打たれた投手」元オリックス東明大貴35歳はなぜ“野球から離れた”のか? リクナビで就活、同僚は「マジメなヤツなんですよ」

AI要約

東明大貴は現役引退後、不動産会社のサラリーマンとして新たな道を歩んでいる。

東明はNPB時代に大谷翔平から最多のホームランを打たれ、その記憶が未だに消えない。

現在は建売用地の仕入れや一戸建て住宅の案内を行う営業マンとして働きながら、宅地建物取引士の資格取得に向け勉強も続けている。

「大谷翔平にもっとも打たれた投手」元オリックス東明大貴35歳はなぜ“野球から離れた”のか? リクナビで就活、同僚は「マジメなヤツなんですよ」

2015年に二桁勝利をあげるなど、オリックスの先発ローテーションの一員として活躍した東明大貴。NPB時代の大谷翔平と幾度も対戦し、「もっともホームランを打たれた投手」でもある東明は、現役引退後、不動産会社のサラリーマンとして生きる道を選んだ。現役時代の不安と危機感、ゼロからの就職活動、野球を通じて手にした確かなもの――知られざるセカンドキャリアに迫った。(全2回の2回目/前編へ)

 かつてオリックスの投手だった東明大貴はサラリーマンになっても、相変わらず「大谷翔平のホームラン」とは無縁でいられなかった。2023年の春、会社の同僚たちと東京ドームを訪れ、ワールドベースボールクラシックの日本対オーストラリア戦を観戦した。

 衝撃の光景を目の当たりにしたのは、プレーボール直後だった。1回無死一、二塁。大谷が左投手のスライダーをすくい上げると、自らの顔が映る広告看板めがけて右翼スタンドへ。目の前では先制3ランを放った大谷が悠然とダイヤモンドを駆けている。客席で見ていた東明は呆気にとられるしかなかった。

「いやあ、すげえ……。それだけでした」

 東明は日本のプロ野球でだれよりも大谷に打たれた男だった。NPBの投手で最多となる3本のアーチを浴び、とりわけ、この東京ドームで16年に許した一発は二軍降格の憂き目にあった深い傷となっていた。この年は1勝10敗に終わり、オフに右ひじの手術に踏み切った。17年夏に再びメスを入れたが、球威を取り戻せなかった。20年に戦力外になると現役を退き、岐阜の実家に帰っていた。

 サラリーマンに転身したのは22年1月である。城北不動産に入社し、いまはグループ会社のグランイーズ社の営業マンとして働く。しわひとつない水色のワイシャツに生真面目さが表れており、かつて勝負の世界に生きていたとは思えないほど、物腰も柔らかい。

「いま、やっているのは、新しくお家を建てる用地を探すことです。戸建てがメーンになります」

 建売用地を買い取り、一戸建て住宅を求めている顧客に提供するのがおもな業務で、自らが手がけた土地に建った新築の住宅を見に出かける。通勤中や仕事が終わった夜は、国家資格である宅地建物取引士の試験勉強もしているという。