勝手に住所を載せられた京アニ遺族「本当に、社会のため?」 実名報道だけでないマスコミからの二次被害

AI要約

渡邊達子さんは、被害者遺族として取材を受ける際の苦労や悩み、報道機関との関わりについて語っている。

京都アニメーション放火殺人事件で、達子さんと兄の勇さんは社会に貢献したいという思いからマスコミの取材を受けているが、遺族取材と実名報道に対しては慎重な立場を取っている。

達子さんは、被害者の人権を尊重しつつも、社会に必要な情報を提供するための報道ガイドライン策定や報道界の変化を求めている。

勝手に住所を載せられた京アニ遺族「本当に、社会のため?」 実名報道だけでないマスコミからの二次被害

「許可してへんのに…」

被害者遺族である渡邊達子さんは、取材を受けた新聞社の記事を読んで、憤りを抱いた。自分の住んでいる市町村名が勝手に載っていたからだ。

36人が死亡した「京都アニメーション放火殺人事件」(2019年)で亡くなった渡邊美希子さんの母・達子さんと兄・勇さんは現在、「少しでも社会の役に立てるなら」と、当初は断っていたマスコミの取材を受けている。

2人は「遺族取材と実名報道」について、一定の理解を示す。一方でこの5年、他社より先に記事を掲載しようと、遺族の都合を考えない強引な取材を迫られ、心ない言葉を浴びるなど、報道機関から数多くの「二次被害」を受けてきた。

2人がメディアに望むのは▼被害者や遺族、専門家とともに、(取材方法や情報を出す範囲に関する)報道ガイドラインを策定すること▼被害者学や人権、精神医学などの知識を深める場を、報道各社が作ることなど、報道業界全体の変化だ。

「市民が知るべきことを伝えながら、被害者の人権も守る。そんな落としどころを探っていく必要があると思う」と語る達子さんと勇さんとともに、今後求められる「報道の形」を考える。【佐藤雄/ハフポスト日本版】

DNA鑑定で美希子さんの死亡が確定した2019年7月末、京都府警から「実名を出して良いですか」と電話があった。府警はこれまで、ほとんどの殺人事件で被害者の氏名を公表してきたが、「プライバシーが侵害され、遺族が被害を受ける可能性がある」という京アニ側や世間の声を受け、事前に確認を入れたと聞いた。

達子さんは、「美希子は何も悪いことをしていないんだから、逃げも隠れもする必要はない」という自身の夫の言葉に共感し、実名の公開を了承した。

8月2日、死者のうち遺族が承諾した10人のみの実名が公表された(後に全員の実名が公開)。すると、マスコミが自分の家や近所、親族の家に押し寄せた。

達子さんは当初、取材を断っていた。だが月日が経つ中で、「誰もが自信を持って生きていける社会があれば、こんな事件は起きなかったかもしれない」と思うようになった。

そこに、気持ちに土足で踏み込んでこない、ある記者の存在が背中を押した。「この子が書く記事を読んでみたい」。そこからは流れに身を任せた。「少しでも社会の役に立てるなら。それに、自分のしんどさ以外で、断る理由がない」と、取材を受ける覚悟を決めた。

京アニ事件では、被害者の実名報道や強引な遺族取材に対し、批判の声が広がった。その一方、日本新聞協会は、実名報道の意義について、「被害に遭った人がわからない匿名社会では、被害者側から事件の教訓を得たり、後世の人が検証したりすることもできなくなる」などと見解をまとめている。