生活保護の違法・不適切運用と「扶養照会」

AI要約

奈良県生駒市で生活保護を打ち切られたAさんが国家賠償法に基づく損害賠償を求め、奈良地裁が生駒市に55万円の賠償を命じる判決を下した。

生活保護を打ち切られたAさんは食事を取れず、極限状態に陥り、再申請も却下された。なぜ生活保護が打ち切られたのか、理由について問題が浮上した。

裁判所は親族による扶養は極めて例外的であり、扶養は保護の要件ではないとの判断を示した。

生活保護の違法・不適切運用と「扶養照会」

 「水は使えたんですけども、ガス、電気が止まって大変でした」「温かいものを口にすることができなかったのが一番つらかったです。ある時は、食パンを1斤買って、それを朝昼晩、お水と一緒に食事をするようなこともありました。水だけのときもありました」

 奈良県生駒市で生活保護を打ち切られ、その後、2度にわたる再申請も却下されたことにより精神的苦痛を受けたとして、50代女性のAさんが国家賠償法に基づく損害賠償を求めていた訴訟で、奈良地裁は5月30日、生駒市に55万円の賠償を命じる判決を言い渡した。冒頭の証言は、昨年12月に行われた原告尋問においてAさんが法廷で語った言葉である。

 保護廃止後の生活状況について、Aさんは判決後の記者会見で「食事を取れない時が多く、精神的にいろんなことを考えられない状態に陥っていました」と極限状態にあったことを語った。なぜ彼女は生活保護を打ち切られたのだろうか。

 ◇2度にわたる再申請を却下

 Aさんは2016年から単身世帯として生活保護を利用していたが、20年10月、生駒市福祉事務所は求職活動が不十分であることを理由に生活保護を停止した。その後、Aさんの親族と支援者が役所の担当者を訪問。Aさんが精神疾患を抱えていることを説明し、保護停止の解除を要請したが、職員は就労して自立するしか停止解除はできないと回答。12月9日にはAさん自身が週2回のアルバイトを開始したことを報告したにもかかわらず、その6日後、生駒市は生活保護の廃止を決定した。廃止の理由は、別居する70代の母親がAさんを引き取って扶養することが可能だというものであったが、母親は認知症を患っており、要介護状態であった。

 保護費が止まったことにより生活に困窮したAさんは、21年4月、支援者とともに窓口を訪れて、生活保護の再申請をおこなった。この時は電気やガスが半年間止まったままであること、精神障害者保健福祉手帳2級を取得したことを伝え、公的な支援が必要な状況にあることを訴えたが、市は親族による扶養が可能との理由で申請を却下。Aさんは同年7月にも生活保護を再申請したが、この時も同じ理由で却下された。

 ◇引き取りによる扶養は例外

 奈良地裁(寺本佳子裁判長)の判決は、生駒市が一連の処分の決定において、母親がAさんを引き取って扶養することが可能だと言いつつも、その「実現可能性について何ら具体的な調査・検討をしていない」と指摘。福祉事務所が果たすべき法的義務に反しているとして、国家賠償法上の違法性及び過失があると認めた。また、判決は、親族の扶養はあくまで金銭的扶養が原則であり、引き取りによる扶養は「当事者間の合意を前提とした例外的な扶養の方法」との解釈を示した。

 判決後の記者会見で原告代理人の古川雅朗弁護士は、引き取りによる扶養を例外とした裁判所の判断について、「家庭、人それぞれにさまざまな事情があり、各個人には居住、移転の自由が保障されている。『あなたはこの家族と同居すべきだ』と行政側が簡単に押し付けてはいけない」との原告側の主張が認められたものだと評価した。

 判決が出た日の夕方、生駒市の小紫雅史市長は判決を真摯(しんし)に受け止め、控訴しないことを表明。市の控訴断念を受けて、判決は確定した。

 ◇扶養は保護の要件ではない

 Aさんの裁判で争点になったのは、民法が定める親族の扶養義務と公的扶助との関係をどう捉えるかという問題であった。

 生活保護法には「民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする」(第4条2項)との規定がある。ここで言う「優先」とは、「要件」とは違い、あくまで親族による金銭的な扶養が行われた場合、その金額を保護費から差し引くという意味に過ぎないのだが、生活保護行政の現場では、扶養が生活保護の要件や前提であるかのように偽って説明することで申請を抑制しようとする「水際作戦」がたびたび問題になってきた。

 厚生労働省は各自治体に対して、「扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行う」ことがないように徹底してほしいとの通知を何度も出しており、親族が扶養できるかどうかは生活保護の要否の判定に影響を及ぼすものではないとの説明も繰り返している。

 奈良地裁の判決は、「扶養は保護の要件ではない」という原則を確認するものであったが、生駒市を含む一部の自治体では、この原則を逸脱した運用が常態化している疑いがある。

 生駒市ではAさんが生活保護の停廃止処分を受ける直前の20年9月、市議会の決算審査特別委員会において、生活保護の開始件数が減少している理由についての質疑があった。担当課長は減少の要因の一つに、市が「扶養義務者への扶養照会等を強化している」ことがあると述べた上で、その具体的な方法を次のように解説した。

 「扶養照会の方も、今までは申請が出てから文書で扶養義務者の方に扶養照会を行っておったんですけども、相談に来られた段階で、その扶養義務者、特に親御さんとか兄弟さんとか、そのあたりのご家族の方に相談されていますかと、一度相談してくださいというような働きかけもさせていただいて、時と場合によってはその方たちも2回目、3回目の相談のときに同席していただいて、今後どうしていくかというのを十分話し合っていただいて、保護に陥らずに、皆さんで支援をしながら生活を自立させていくというようなことも今はさせていただいております」

 ◇過去にさかのぼって検証が必要

 20年はコロナ禍の経済的影響によって生活困窮者の増加が社会問題となった年である。その年の12月、厚労省は公式サイト上に「生活保護を申請したい方へ」という特設ページを開設し、「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」との広報を開始。特設ページには、生活保護制度に関する「よくある誤解」として、「扶養義務者の扶養は保護に優先しますが、例えば、同居していない親族に相談してからでないと申請できない、ということはありません」との注意書きもわざわざアップしていた。

 しかし、生駒市は生活保護の新規件数を減らすため、相談者の親族にプレッシャーをかけ、役所に呼び出しまでおこなって扶養義務の履行を迫っていた。こうした対応により、生活保護の申請を断念せざるをえなくなった人も少なくないだろう。

 生駒市では、Aさん以外にも「親族による扶養が可能」との理由で保護を廃止されたり、申請が却下されたり、申請の手前の段階で追い返されたりしていた人が多数いる可能性がある。市は判決を受け入れた以上、過去にさかのぼって生活保護の違法運用、不適切運用を徹底検証すべきだ。

 ◇ほかの自治体でも

 「親族による扶養」を強調することにより生活保護の件数を抑制する手法は、他の自治体でも散見される。昨年10月以降、生活保護利用者に保護費の満額を支給していなかったことや職員による暴言・どう喝が常態化していたことなど、数々の違法運用・人権侵害が発覚した群馬県桐生市も、その一つである。

 桐生市では、11年度に897世帯いた生活保護世帯が22年度には487世帯と半減したことが問題になっているが、実はこの12年の間、「親類・縁者等の引き取り」による保護廃止は延べ38世帯にのぼることが明らかになっている。

 保護世帯が減少した理由について、桐生市は毎年作成している福祉事務所の「実施方針・事業計画」において、「ケースワーカーが日ごろから熱心に実施している扶養義務者との交流促進指導」が実を結んだ結果、親族の引き取り件数が増えたと自画自賛している。

 ここでも法律や国の通知に反し、本人の意思を無視した同居の強要が行われていたのは間違いないだろう。

 ◇国が見逃していいのか

 1950年に現行の生活保護制度が成立して70年以上が経過し、日本社会における家族関係のあり方はこの間、大きく変化してきた。このことを踏まえ、近年、厚労省は福祉行政が親族間の関係に介入することに抑制的な姿勢を取るようになってきている。

 21年3月、厚労省は扶養照会について、直接の照会は援助が期待できる親族に限ることを明確にした上で、本人が拒む場合は丁寧な聞き取りをおこなうことを求める通知を各自治体に発出した。

 この新たな通知は生活保護の申請者本人の意思を一定、尊重することを求めるものであったが、自治体が本人の承諾なしに親族に連絡すること自体を禁止するものでなかったため、自治体の中には通知を恣意(しい)的に解釈し、親族間関係への過度な介入を続けているところも多い。

 一部自治体による法令違反や通知を曲解した運用を国が見逃していてよいはずがない。厚労省は、専門家による審議会を設置した上で、全国の福祉事務所における扶養照会の運用実態を詳細に調査し、親族扶養と公的扶助の関係を改めて整理し直すべきである。(政治プレミア)