国立ハンセン病療養所での旧陸軍の薬剤臨床試験、入所者2人の死亡と因果関係の疑い…国が初の報告書

AI要約

国立ハンセン病療養所で行われた虹波と呼ばれる薬剤の臨床試験について報告書が公表され、少なくとも2人の死亡者に投薬との因果関係が疑われることが明らかになった。

虹波は旧日本陸軍が開発した薬剤で、効果は上がらず、臨床試験は激しい副作用や死亡例が確認されても中断されなかったと報告書は指摘した。

被験者は従順な態度を取らざるを得なかったと報告書が指摘し、今後も調査が続き薬剤の効果などが考察される予定。

 国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(けいふうえん)(熊本県合志市)は24日、太平洋戦争中から終戦直後にかけて旧日本陸軍などが入所者に対し、「虹波(こうは)」と呼ばれる薬剤の臨床試験を行い、試験中に死亡した9人のうち2人について投薬との因果関係が疑われるとする報告書を公表した。投与対象者は少なくとも472人に上る。国の報告書などで虹波の存在自体は知られているが、被害の詳細をまとめたのは初めて。

 入所者自治会の要請を受け、2023年度に園の歴史資料館が収蔵する関連資料56点を精査した。報告書では、死亡例や激しい苦痛を伴う副作用が確認されても臨床試験は中断されなかったとして、「当時の医師らの医療倫理のあり方に疑問が持たれる」と指摘した。

 報告書によると、虹波は写真の感光剤を合成した薬剤で、熊本医科大(現熊本大医学部)の波多野輔久医師が陸軍の嘱託で開発した。体質改善や結核のほか、ハンセン病の治療への活用も期待されたが、効果は上がらなかったとされる。

 臨床試験は陸軍が指揮し、当時の宮崎松記園長の監督の下で行われ、1942年12月から47年6月まで続いたという。対象と確認できた472人には6歳児も含まれていた。ほかに370人が参加した可能性がある。

 臨床試験中に死亡した9人のうち、7人の死因は肺結核や急性肺炎などだったが、残る2人は虹波が原因と疑われるという。

 報告書では、「被験者は臨床試験への参加を拒否できなかった」と指摘。園内での安寧な生活を得るために、従順な態度を取らざるを得なかったと結論づけた。園は今後も調査を続け、薬剤の医学的な効果などを考察する方針。報告書は近く歴史資料館のホームページで公開する予定。

 医学史に詳しい京都大医学部の吉中丈志臨床教授は「ハンセン病は死に至ることが少ない慢性疾患で、死者が出た薬を使い続けるのは医療倫理以前に、常識としておかしなことだ」と批判した。