今や菌に薬が効かない「ポスト抗生物質」時代に突入と医師が警鐘、世界で年500万人が死亡

AI要約

80年前にペニシリンが広く使われるようになった直後から、細菌は抗生物質をかわす方法を見つけ始め、人類との間で抗生物質耐性の軍拡競争が続いている。

世界では、抗生物質への耐性を持つ細菌による感染が深刻な問題となっており、現在の抗生物質不足により、感染症の治療が困難になっている。

最近の研究では、耐性菌による院内感染が増加しており、新しい抗生物質の開発も遅れている状況が指摘されている。

今や菌に薬が効かない「ポスト抗生物質」時代に突入と医師が警鐘、世界で年500万人が死亡

 80年前にペニシリンが広く使われるようになった直後から、細菌は抗生物質(抗菌薬)をかわす方法を見つけ始めた。それ以来、危険な微生物と人類との間では“軍拡競争”が繰り広げられてきた。新たな研究によると、この闘いで人類は敗北を続けているという。

「薬剤耐性菌のパンデミック(世界的大流行)は非常にゆっくりと進行してきたため、あまり注目を浴びてきませんでした」。しかし、現在の耐性菌の増加傾向と、この問題に対処できる新たな抗生物質の不足を考えれば、より注目される必要があると、米国立衛生研究所(NIH)の一部である米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)の研究医クリスティーナ・イェク氏は言う。

 世界保健機関(WHO)によると、抗生物質への耐性をもつ細菌は、世界的な公衆衛生で最も重要な課題のひとつだという。これらの細菌により、世界では毎年推定約500万人が死亡している(編注:日本では、重要な2種類の薬剤耐性菌の血流感染症で年間約8000人が死亡している)。細菌が抗生物質に耐性をもつようになると、医師は感染症を簡単に治せなくなる。

「以前から医師の間では、有効な抗生物質が存在しないポスト抗生物質の時代に突入するだろうと言われてきましたが、多くの点で、われわれはすでにその時代にいると言えます」と語るのは、米エール大学医学部の臨床部門であるエール・メディシンの感染症内科医リック・マーティネロ氏だ。

「抗生物質の助けがなければ、感染および入院の長期化や死亡など、患者がたどる経過はより厳しいものになるでしょう」

 イェク氏らNIHの研究者が2024年春、スペインのバルセロナで開催された欧州臨床微生物感染症学会で発表した予備的な報告によると、米国ではコロナ禍の最中、入院患者のうち耐性菌に院内感染した割合が32%増え、入院患者1万人あたり38人にのぼったという。この割合はその後やや低下したものの、依然としてコロナ禍前の水準を少なくとも12%上回っている。

 最も大きく増加したのは、「カルバペネム系」と呼ばれる抗生物質に耐性をもつ細菌による感染だった。それらには、重大な院内感染の原因となっているアシネトバクター・バウマニ、緑膿菌、腸内細菌目細菌が含まれる。

 米疾病対策センター(CDC)は、米国で耐性菌感染症の発生率が通常よりも高くなっていると、コロナ禍の最中に警鐘を鳴らした。2020年には死者が2万9400人を超え、その半数近くが病院内で感染していた。

 耐性菌感染症の患者の割合は、いずれ以前の水準に戻るだろうと期待されていたが、イェク氏によると、これまでのところ、院内感染する患者の割合は元に戻っていない。

 また、薬の開発も遅れている。米食品医薬品局(FDA)によって近年承認された新たな抗生物質は、その大半が従来の薬に変更を加えたものであり、耐性菌に作用する新しいメカニズムをもっていない。「われわれは厳しい現実を突きつけられています」とイェク氏は言う。「耐性菌が進歩する一方、こちらはほぼ停滞したままなのです」