原稿は「納期に来ない」かつ「機密書類」...「日本の一流翻訳家」がアメリカ側から受けた「酷過ぎる仕打ち」

AI要約

小説家、漫画家、編集者、出版業界の「仕事の舞台裏」を大公開。 今回は、出版翻訳者の仕事に焦点を当て、『スティーブ・ジョブズ』の世界同時発売を手掛けた翻訳者の苦労と状況を紹介。

決まったスケジュールに合わせて原稿が遅れ、コピーブロックのかかった複雑な状況が生じる。日本と米国の出版スケジュールの違いによる課題に直面。

翻訳作業に必要な電子データが得られない問題も発生し、翻訳者の苦労がさらに増す。日本側は米国の事情に翻弄され、売り上げを左右するクリスマス商戦への対応に苦慮する。

原稿は「納期に来ない」かつ「機密書類」...「日本の一流翻訳家」がアメリカ側から受けた「酷過ぎる仕打ち」

 小説家、漫画家、編集者、出版業界の「仕事の舞台裏」は数あれど、意外と知られていない出版翻訳者の仕事を大公開。『スティーブ・ジョブズ』の世界同時発売を手掛けた超売れっ子は、刊行までわずか4ヵ月という無理ゲーにどうこたえたのか? 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』(井口耕二著)から内容を抜粋してお届けする。

 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』連載第4回

 『短距離走のペースでマラソンを走らされるようなもの…「敏腕エージェント」の身勝手すぎる要求に振り回される「翻訳業界の闇」』より続く

 さて、6月半ばに米国から翻訳用原稿が届くはずと準備万端整えたのに、原稿が来ません。

 講談社さんもくり返し催促してくださっていたようなのですが、「2~3週間のうちには半分くらい送る」と回答を得たとの連絡が6月18日にようやく入るていたらくです。

 原稿が遅れるのはよくあることです。このくらいには書き上がると思っていても、実際に進めてみると追加であれこれ出てきて時間がかかるとか。翻訳だってそうなることがあります。まして、本を書くとなれば、やっぱりあれも書きたいとか、いろいろあるだろうと思います。

 でも、ねぇ。後ろが決まっていて、「できますか」に即答できないほどスケジュールがきついものでこれはつらい。翻訳に使う期間をふつうの半分、3ヵ月半に詰めるという話なのに、それがさらに半月以上と15~20%も縮むことになるわけですから。

 原稿が遅れる分、刊行も遅らせてくれるならいいのですが、クリスマス商戦にまにあわせたいという話ではそれもないでしょう。米国は11月末のブラックフライデーからクリスマスプレゼント狙いの商戦が大々的にくり広げられます。米国最大のセール期間であり、そこにまにあうか否かで売れ行きが大きく左右されるのはまちがいありません。日本の都合などおかまいなしに、なにがなんでもまにあわせようとするはずです。

 そのあたりを問い合わせると、「ジョブズが亡くなったあと、しかるべき期間をおいて刊行という話もあるが、クリスマス商戦狙いという話もあり、正直、どうなるかわからない。講談社としても販売戦略が立案できなくて困っている」といった回答が返ってきました。すべて米国側次第で、日本の我々はなにがどうなろうと必死でやるしかない。そうとしか言いようがないようです。

 また、このとき、「原稿はコピーブロックをかけた紙原稿、部数は1部のみ」と言われました。コピーすると読めなくなる細工がしてある原稿、ということです。電子データはもらえない(講談社さんもかなり強く申し入れてくださったが、電子データの提供は著者側に拒否された)。コピーブロックがかかっているということは、紙原稿をスキャンし、OCR(光学文字認識)ソフトで電子化することもできません。

 これは大問題です。作業に要する期間などは、すべて、電子データがあることを前提に見積もっていました。原文テキストが電子データになっていれば、キー入力することなく辞書を引くツールが使えます(ツールは自作している)。