千里中央、北大阪急行の延伸で「地盤沈下」が進むのか “中間駅”になったニュータウンの中心地の今

AI要約

2024年3月、大阪の鉄道網が書き換えられ、北急の延伸により箕面市への鉄道が開業。箕面市の悲願が実現し、駅周辺の商業施設や街づくりが活発化。

延伸により千里中央駅は中間駅となり、利用者の利便性が向上。しかし、朝ラッシュ時の混雑や座席確保の難しさなど新たな課題も浮上。

未だ慣れない刻『千里中央』から『箕面萱野』への変更は住民にも影響を与えており、改札口での混雑や時刻表の確認など新しい状況に適応が求められている。

千里中央、北大阪急行の延伸で「地盤沈下」が進むのか “中間駅”になったニュータウンの中心地の今

 2024年3月、大阪の鉄道網が書き換えられた。北大阪急行電鉄(以下「北急」)が進めていた延伸事業が完了し、千里中央(豊中市)―箕面萱野(箕面市)間が開業したのである。

 これまで箕面市内には阪急電鉄の箕面線しか鉄道の駅がなく、大阪市内へ出るには少し不便な状態だったのだが、北急の延伸によって梅田や難波、天王寺と直結され、利便性が飛躍的に向上した。

■箕面市悲願の延伸区間

 北急の延伸は、箕面市にとって半世紀以上にわたる悲願だった。箕面市は街づくりや市の交通戦略などにも盛り込み、国から補助金の増額を取り付けるとともに、1990年代から整備基金を積み立ててきた。

 さらに、市が主催する住之江競艇場での競艇事業の収益金も充てる形で、市が整備主体となる箕面船場阪大前―箕面萱野間の構造物などの整備費用を捻出。これが延伸の大きな後押しとなった。

【写真】北大阪急行の箕面萱野への延伸開業で、地下にある千里中央駅の人の流れは変わった。一方、地上の駅周辺の様子は? (20枚以上)

 新たな終点となった箕面萱野駅の周辺では、従来からあった大型商業施設が新館をオープン。駅前広場やバスロータリーも整備された。中間に設置された箕面船場阪大前駅でも、コンサートホールや図書館、大学のキャンパスが次々に建てられるなど、新たな街ができつつある。

 一方、北急の開業以来54年間にわたって終着駅の座を守ってきた千里中央駅は、延伸により中間駅となった。ほぼ全列車が箕面萱野方面に直通しており、千里中央駅を始発駅とする列車は初電の1本のみ。千里中央行きの列車はゼロである。

 当然ながら、列車の行き先表示や各駅の案内表記は「千里中央」から「箕面萱野」へと変わっているが、延伸から4カ月が経ってもまだ慣れない。

 だが、住民にとっては“慣れない”というレベルの問題ではない。始発駅から中間駅になったということは、これまでは朝ラッシュ時でも並べば確実に座れたのが、今後はそうはいかなくなるということである。実際、北急には「延伸後も千里中央駅始発の列車を何本か残せないのか」といった沿線住民の声が届いていたという。