M&Aで売り上げ8倍、極意は「混ぜるイノベーション」

AI要約

福井県坂井市に本社を置く前田工繊はM&Aを重視し、年間200社以上の買収候補を検討する製造業だ。買収後に業績を伸ばし、売上は約8倍に拡大した事例もあり、異分野を取り込んで統合プロセスを成功させる秘訣を持つ。

逆手に取った製造業間の連携や繁閑の差を利用した生産体制の最適化が果たす役割も大きく、さらなる成長を見据え異分野のM&Aによる事業領域拡大を行っている。

地方製造業の課題を共有し解決策を模索することで、ウィンウィンの関係を築くことに成功しており、地元経済にも貢献している。

M&Aで売り上げ8倍、極意は「混ぜるイノベーション」

7月25日発売のForbes JAPAN 2024年9月号は、「新・ブレイクスルーの法則」特集。近年、日本経済の未来の担い手として、スタートアップや大企業の新規事業など「ゼロイチ」のイノベーション創出が注目され、売り上げ数十億円規模までの事業開発に関する方法論やノウハウの蓄積が進んできた。これからの重要な論点は、その先にある100億円、もう一歩進んだ1000億円の壁をぶち破る企業を増やしていくことだ。爆発的成長を遂げた企業のケーススタディをもとに、一段上のブレイクスルーを起こすための法則を探った。

経営戦略の中心にM&Aを据えて急成長を遂げた会社が福井県にある。異分野を取り込みながらも統合プロセスを成功させるための秘訣とは。

福井県坂井市にある前田工繊の本社を訪れると、その商材の幅広さに驚かされる。本社工場の脇には、盛り土や地盤を補強する網目状の土木資材が整然と積まれている一方で、ショールームには公園のベンチ、自動車のホイール、不織布マスク、魚粉など一見して共通性のない商材がずらりと並ぶ。使う場所も原材料も異なる商材を扱う理由は明白だ。それはこの土木資材メーカーが、経営戦略の中心にM&Aを位置付けて成長してきたからである。

これまでに吸収合併・子会社化したのは17社。第1号案件の2002年から売り上げは約8倍に拡大し、23年6月期連結決算では502億円を計上した。このうちの約7割はM&Aで取り込んだ企業が稼ぎ出したもの。注目すべきは、そのすべてが買収後に業績を伸ばしていることである。

 

その秘訣を読み解くために、まず前田工繊のM&A戦略を整理しよう。同社は年間200社以上の買収候補先を検討している。選定対象となるのは、原則としてモノづくりを行い、優秀な人材や特別な技術・製品を有する地方の企業だ。既存事業とのシナジー創出、事業領域拡大の両面から可能性を模索。さらに重視するのが、営業や生産の体制に、改善できそうな課題がどれだけ多く潜在しているかである。

「地方の製造業が抱える多くの課題は似ているんです」と代表取締役社長の前田尚宏は説明する。「例えば、大手企業に営業先を広げたいけれど販路がない、開発力を磨きたくても大学や研究機関との付き合いがないといった具合です。それが、前田工繊グループのなかで情報をシェアしていくと、解決策が見つかってウィンウィンな関係を築くことができる」

 

具体例を挙げよう。最初の買収は、海洋土木資材を製造する太田工業だった。元々は「後継者がいない」という相談を受けて子会社化したのだが、同社の汚濁水や油の拡散を防ぐオイルフェンスを前田工繊の販路に乗せると、想定以上の売れ行きを見せたのだ。

「当社の営業は実績が上がり、太田工業の製品も全国で売れるようになった。M&Aってすごいなと」(前田)。以降、セメントやデッキ材を扱う企業など既存事業に関連する数社を買収。10年ごろには商材の豊富さから「土木資材のデパート」と呼ばれるようになり、さらなる成長を追い求めて異分野のM&Aによる事業領域拡大を始めた。

 

単一製品を手がける製造業は繁閑の差が大きいという弱点を逆手に取った連携も生まれている。前田工繊のベトナム工場や、防衛・防災用品を手がける未来テクノの岩手工場では、製造工程が比較的簡素な太田工業のオイルフェンスを閑散期に生産。また、閑散期を迎えた工場の人員を、繁忙期に突入した工場に一時的に配置するなど人的な融通も行う。

「分野や扱う素材が違っても、製造業であれば工場の設備に応用が利くことが多い。繁閑の差をなくせば利益を拡大することができる。地理的にも、より納品先に近い拠点で生産すれば、デリバリーの早期化でサービスも向上できる」と前田は言う。