1万時間勉強すれば、だれでもいいアイデアはつくれる

AI要約

仁藤安久氏の初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップする思考と技術』は、個人とチームの両面からアイデア力を高める方法を解説している。

クリエイティブディレクターの明円卓氏は、仁藤安久氏との関係や影響、独立後の活動、アイデアを生み出す方法について語っている。

明円卓氏は、誰にでも伝わるアイデアを生み出すためには、1万時間の勉強が必要であり、アイデア力を鍛えるために定期的な勉強とトレーニングが重要だと説明している。

1万時間勉強すれば、だれでもいいアイデアはつくれる

 コピーライター&クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップする思考と技術』は、個人とチームの両面からアイデア力を高める方法を解説するユニークな書として注目されている。仁藤氏と親交のあるクリエイターの方々に、同書の読みどころやそれぞれのアイデア発想術について語ってもらう本連載の特別編。第2回のゲストは、電通在職時に「意識高すぎ!高杉くんシリーズ」(KDDI)などのヒットCMを手がけ、独立後もメルカリのCMや「JANAI COFFEE」「友達がやってるカフェ」「やだなー展」「いい人すぎるよ展」など、話題となる企画を次々と手掛けるクリエイティブディレクター、コピーライターの明円卓氏だ。ヒットを連発する明円氏のアイデアを生みだす方法とは?(取材:ダイヤモンド社書籍編集局、撮影:石郷友仁)

● 今の仕事の原動力となった言葉

 ――仁藤さんとのご関係は、そもそもどういうものだったのですか?

 仁藤さんは、私の新入社員時代のトレーナーであり、教育係でした。さらに採用時の面接官でもありました。

 ――仁藤さんについては、どんな印象をお持ちですか?

 仁藤さんは、もともとはコピーライターですが、言葉の力を武器にクリエイティブに限らず、あらゆる領域でコンサルティングもできてしまう、珍しいタイプの人だなと思います。自分の言葉の力をどう活かして課題解決をするか、ということに真摯に取り組む方だなという印象です。当時も、今もあまりいないタイプのクリエイターではないでしょうか。

 ――一緒に仕事をする中で、何か記憶に残るエピソードなどはありますか?

 入社1年目のクライアントさんとの初回の打ち合わせで、私が考えたコピーを打ち合わせに持って行ったのですが、その際に「明円、言葉うまいな、コピーうまいな」と褒めてくれたことですね。それまで、そんなことを他の人に言われたことはなくて、まったく自信がなかったんですが、その一言がすごく今の原動力になっています。仁藤さんが言ってくれた一言で、「自分はこの領域で戦ってもいい人間なのかな」と思うことができました。

 ――明円さんは、電通時代にヒットCMも手掛けられたわけですが、どうして独立されたのですか?

 もともと入社したときから、「いつかは個人の名前で仕事がしたいな」と考えていました。そのため名刺をつくるときにも、100色から選べる中、会社のロゴがいちばん目立たない蛍光イエローにしてもらいました。

 ――独立してすぐにJANAI COFFEEを立ち上げたそうですが、最初はお客さんが来なくて大変だったそうですね。

 開店した当初は3人しかお客さんが来なくて、これはまずいという時に、ある時来店したお客さん(漫画家ホリプーさん)がお店の漫画を描いてくれたんです。それがネットでどんどん広まっていき、5万RT、19万いいね、Webサイトには140万アクセスがあり、そこから火がついたという感じです。

● アイデアの基礎から応用まで、 全部網羅されている本

 ――ところで、今回『言葉でアイデアをつくる。』を読んでいただいたわけすが、読まれての率直なご感想はいかがでしたか。

 いつも仁藤さんが言っていたことが書いてあるなと思いました。この本は、アイデアの初心者の人や、これからそういう職業に就こうという人はもちろん、すでに広告業界で何年も働いている人にとっても、どちらの人が読んでもヒントになることがたくさん書いてある本だと思いました。アイデアの基礎から応用まで、全部網羅されている内容だなという印象です。

 ――特にいいなと思われた箇所は、ありましたか?

 第6章の「アイデアを加速させるための仲間を増やす技術」のところですね。まさしくこの業界にいる人たちが読むと、いいなと思います。たとえば、「応援されるための関係を構築する技術」ということが書いてありますが、この視点は特に大切だと思います。

 僕が今いちばん大切だと考えているのが、クリエイティブ&プロデュースという概念です。つくるだけではなくて、そこに仲間やステークホルダーをどう巻き込んで、どうプロジェクトを大きく広げて推進していくか。これまでのアイデア本は、プロデュースの視点で書かれた本はあまりないですが、この本は、どう世の中にきちんと届けるか、というところまで書かれている点が、新しくて今っぽいと思いました。

 僕がやっているのは、プロデューサーみたいな仕事ですけれど、課題を見つけて、それを解決するためのアイデアを考えて、そこからどう実現させていくのか、までが仕事です。その一連の流れを体系的に1冊で学べるのがすごくいいなと思います。

 ――他におすすめのポイントは、何かありますか?

 第4章「チームでアイデアを生みだす技術」も、とても面白いと思いました。この本には「自分でアイデアを考える力が身に着く」ということと同時に、「自分だけじゃないできないアイデアにたどり着く方法」までもが書かれていると思います。その点が新しいですし、それがチームアイデア力だと思いますが、そこにまで言及されているというのがユニークな所ではないでしょうか。

 クリエイティブの現場に行くと、個人ではなくてチームでやることがほぼすべてなので、みんなの力をどう引き出すか、みんなのアイデアの引き出し方など、そういう点にも言及されているのがいいですね。

● 一生忘れないような体験、 この世にまだないものをつくりたい

 ――アイデアや企画を実現するという点については、どんな工夫をされていますか?

 今、事業の一つとして飲食事業をやっているのですが、今の人たちにとってどういう飲食体験だと価値があるのか、ということを常に考えています。あとは、自分たちでできないことは、関係者、仲間になってくれる人と一緒に手を取り合ってやっていくという感じです。

 たとえば、大阪でJANAI GAMESというバンダイナムコアミューズメントさんと一緒につくっている業態があります。ゲームセンターの中に隠されたバー(ノンアルコール)があるという仕掛けなのですが、実際、これも自分たちの力だけでは実現できなくて、バンダイナムコアミューズメントさんのいろいろな人たちのおかげで実現できました。

 来年に向けてもお店がいくつか増えていく予定で、いろいろな人たちと一緒に、自分の想像できないものをつくっていきたいなと思います。

 ――最初に立ち上げたJANAI COFFEEは、謎解きができないと裏にあるバーに入れないという仕掛けですが、これは話題づくりのためにそのような工夫をしたのですか?

 僕がいちばんやりたいことは、「一生忘れないような体験をつくりたい」ということなんです。広告キャンペーンは、ある一定期間でポンと話題になったり、出稿されたあとは、世の中からなくなっちゃうわけですけど、体験というのは、ずっと人の記憶に宿り続けて、語り草になったりします。

 「あのお店面白かったな」とか「あの日は、一生忘れられないな」みたいな体験をつくりたいんです。JANAI COFFEEというのは、世界中を探してもああいう体験で入店するお店は一つもありません。「この世にまだないものをつくりたい」なと思っています。

 ――チームのメンバーのモチベーションを上げるための工夫は、何かやっているのですか?

 それは、この本にも書かれているように、私もまさしく、仁藤さんの教えの通りに今でもやっています。「みんながどういうものをつくりたい人なのか」とか、「どういうことが喜びなのか」ということを事前にいろいろヒアリングしますし、チームに加わる人の意思を尊重して、一緒につくっていければと思います。だから、自分の今のチームビルディングとか、進行とかディレクションなどは、大いに仁藤さんの影響を受けています。

● まず言葉でアイデアを考えて、 映像で検証する

 ――明円さんは、ふだんはどうやって面白いアイデアを生みだしているのですか?

 僕のやり方としては、まず、言葉先行でアイデアを考えます。JANAI COFFEEの場合で言うと、コーヒー屋さんじゃないから、じゃないコーヒー。

 それ以外では、「友だちがやってるカフェ」「やだなー展」「いい人すぎるよ展」とか、人が一発で覚えてくれるようなキャッチーな言葉を見つけて、それを一行で説明できるかどうか、というのが最終的に気をつけていることですね。

 あとは、思い着いたらすぐに企画書を書いて、パッと理解できる設計図みないなものにまとめるということもやっています。

 ――思い着いたらすぐやる、というのは大事ですね。

 あとは、CMプランニング検証みたいなことはしています。もともと本職がCMプランナーですので、体験をつくるときでもそれがお客さんによってどう受け止められて、どう編集されて世の中に出ていくのか、というのを1本の映像で考えるようにしています。

 たとえば、お店の場合で言うと、ここが撮影するポイントだよねとか、こういうふうな流れでお客さんは撮影してくれるよねとか、言葉で考えて映像で検証する、というふうにしています。

 ――「言葉で考えて映像で検証する」というのは、もう少し具体的に言うと。

 今、一億総カメラマンの時代で、全員がスマホカメラを持ち歩いているなんて歴史上初めてのことですよね。その人たちにどう撮ってもらうといいのか、ふだんCM映像を考えるときと同じように、その人たちだったらどこにカメラを向けるなとか、どういうカットをつないでいくのかなとか、そういうことをイメージしながら検証する感じです。シェアされる形、シェアされるその先の形を考えるということです。

 たとえば、自分がお客だったら、こういうふうな順番で撮影するなとか、これがどうシェアされるんだろうかとか、そういうことをすごく考えます。

 ――「友だちがやっているカフェ」をオープンするときにも、イメージが伝わる短い映像をつくって、それをSNSで拡散されたということでしたね。

 もともとCMプランナーなので、世の中に広めるところまで、最後まで自分でやるというスタンスで今のところはやっています。自分たちのお金でお店をつくってやっているので、絶対に広めないといけないですからね。とにかく、話題になるまで何度でも投稿しつづける、ということです。

● 仕事とは別に、 自分の好きなことをやることが大事

 ――趣味のひとつが展示会ということなんですが、これはどういうことなんですか。

 自分の好きなものについて自分でギャラリーを借りて、ものづくりとして展示していくというのを7年前から続けています。それが広まって、今では、たくさんのお客さんが来てくれる展示会になりました。最初は身内だけを呼んで40人くらいの規模だったのが、翌年は70人になり、そのあと700人、そのあと4200人、そして2.5万人になって、今では来場者が25万人になりました。

 会期を長くしたり、開催場所を増やしたりして、自分たちのアイデアがどこまで広がっていくのかなということを検証する意味で、ずっと続けている感じです。展示会は、年に1~2回はやっています。

 もともとは、日々の仕事がどんな状態でも、自分のものづくりだけは続けていたいなというのがあります。これは、クリエイターとしての健康的な精神状態を保つ意味でも、自分の好きなものづくりを必ずやっておくというのは、とても大事なことです。これは会社員時代から変わらずに、土日は自分のものづくりの時間に充ててきました。

 ――企画やアイデアを考えるときに、大事にしていることは何ですか?

 一貫しているのは、新しいものがつくりたいということです。あとは誰にでも伝わるとか、ですね。

 ――誰にでも伝わる、というのはわかりやすいということ?

 たとえば、自分の父親とか母親にもわかるものがつくりたいということです。僕はJ-POPが好きなんですが、とんがったものというよりは、みんなが楽しめるものがつくりたいですね。みんな何を面白がってくれるのかなとか、今の時代の空気の中でどういうものが求められているのかなとか、そういうことを考えるのが好きなんです。

 ――今の時代の空気とかは、どんなふうにしてとらえているのですか?

 SNSはいつも中毒のように見ています。もっと正確に言うと、SNS上のみんなはどう反応するのかな、どう考えているのかなということを見ています。世の中に広まるものとか、本当に人が足を運んでくれるものというのは、綺麗事じゃないというか、「本当に、その店に行く?」っていう、本当のところまでたどりつかないといけないので。

 SNSで見えているものが全部とは思わないですけれど、この情報がポンとSNSに放たれたときに、どんなふうに広がっていくのかなという観点では、めちゃくちゃ気になるので、それをずっと研究しているという感じです。

● 人は言葉で世の中を認識する

 ――世の中の流れに遅れないために、インターンの大学生から週に1回2時間、話を聞く時間を設けているそうですね。

 2年前から大学生のインターン生に、SNS上で流行っている言葉を教えてもらうという時間を週に2時間設けています。それをXに「SNSことば辞典」というアカウントをつくってアーカイブしています。私は平成元年生まれ、今年で35歳になるのですが、自分も年を重ねて行って世の中の若い人たちの感覚とずれていくのは仕方がないことなので。人は言葉で世の中を認識するので、新しい言葉の感覚をずっと身に着けていたいということで、「SNSことば辞典」をつくっています。

 ――「言葉で世の中を認識する」というのは、もう少し具体的に言うと…

 たとえば、水ということを認識するには水という言葉が必要だし、虹という言葉から二色の虹を連想する国もあれば、七色の虹を連想する国もあります。それぞれ自分たちの言葉でものを認識しているわけですよね。とすると、新しい世の中を捉えるには、新しい言葉を知る必要があると思います。

 自分の言語感覚が新しければ、世の中の切り取り方も新しくいられるんじゃないかということです。自分が古くならないための工夫をしているという感じです。

● 1万時間勉強すれば、 だれでもいいアイデアをつくれる

 ――最後になりますが、いいアイデアを生むためのコツは、何かありますか?

 いいアイデアを思いつける体になるためには、最低でも1万時間くらいの勉強は必要です。広告の事例とか、お笑いの事例でもいいかもしれませんが、いいアイデア・悪いアイデアの判断基準について、脳内にアーカイブして図書館をつくる感じです。

 逆に言うと、1万時間くらいいいアイデアについて勉強すれば、だれでもいいアイデアをつくれるようになると思います。

● アイデア力は、鍛錬と反復で伸びる

 僕は、今でも脳内にある図書館のメンテナンスを毎年しています。昔見たものとか、勉強したものというのは、どうして記憶の奥に行って忘れてしまうので、定期的に前にひっぱり出すためには復習が必要です。1年のうちで年末年始、ゴールデンウィーク、夏休みと時間を決めて、CMや広告コピーについて勉強する時間を意識的にとっています。

 最近見たものはトレンドで、昔見たものは古典ともいえますが、その両方を知ることで骨太のアイデアができるようになります。僕は、広告事例はむちゃくちゃ詳しいと思いますが、後輩を指導した経験からも、ある一定の勉強時間が必要だと確信を持って言えますね。

 その他、アイデア力を鍛えるおすすめのトレーニングのひとつは、過去のヒットしたCMやコピー、作品等を見て、それの何が良かったのかを具体的に言語化してみることです。アイデア力は鍛錬と反復で伸びるので、多くの人にとって希望のある話ではないかなと思います。

 ――確かにその通りですね。本日はどうもありがとうございました。

 ありがとうございました。