イスラエルのネタニヤフ首相を戦争へと駆り立て続けるものは何か
ベンヤミン・ネタニヤフ首相の強権的な政治が中東情勢を悪化させている。他国の政府首脳との関係も悪化しており、特に米国との対立が顕著。
停戦交渉が難航しており、ハマスの態度も硬化。ネタニヤフは緊張を煽り続け、バイデン政権との対立が激化。
ネタニヤフの行動により、中東情勢は一層不透明になっている。
中東情勢が悪化している一因に、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の強権的な政治があることは明白だろう。では何がネタニヤフをそのように駆り立てているのか。元朝日新聞政治部長の薬師寺克行氏が解説する。
先進的な民主主義国と呼ばれる国々のあいだで、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相ほど嫌われている為政者はいない。とにかく自己中心的で、我が道を行く政治家だ。
2011年、フランスで開かれたG20サミットの共同記者会見を前に、待機していたフランスのニコラ・サルコジ大統領が、隣にいた米国のバラク・オバマ大統領にこう語りかけた。
「ネタニヤフはうそつきだ。もう耐えられない」
するとオバマは、「うんざりしているでしょうが、私は彼と毎日やりとりをしなければならない」と返したという。
2人とも、イランの核開発問題やパレスチナ問題でネタニヤフに振り回されていたため、つい本音が出たようだ。
2015年には、ネタニヤフが第二次世界大戦中のユダヤ人虐殺について、「パレスチナの指導者がヒトラーにユダヤ人を殺害するよう指示した」と発言し、大きな問題になった。
この発言に対してドイツのアンゲラ・メルケル首相は、「ホロコーストはナチスが責任を負っているとドイツ国民は明確に認識している」とネタニヤフを批判した。
イスラエルにとって、最先端の兵器を提供してくれる米国との関係は生命線でもあるはずだが、ネタニヤフはとくに民主党選出の大統領としばしば対立してきた。ガザでの戦闘など中東情勢の緊張が高まっているいまも、それは変わらない。
ジョー・バイデン大統領はこの数ヵ月間、イスラエルとハマスの停戦交渉に力を入れてきた。7月に入り、ハマス側の妥協で停戦合意が現実味を帯びてきた。
ところがイスラエルは7月末になって、ガザ南部のエジプトとの国境地域をイスラエル軍が管理する、北部の幹線道路沿いにイスラエル軍の検問所を設けるなど、ハマスが容認しがたい新たな条件を突きつけてきた。
7月に訪米したネタニヤフは、米議会でこう演説した。
「ハマスが降伏しなければ、ガザのハマス支配を終わらせ、人質を全員帰還させるまで戦う。それが完全勝利だ」
7月31日には、イラン新大統領の就任宣誓式に出席したハマス最高幹部のイスマイル・ハニヤ政治局長が、テヘランの宿泊先で殺害された。イスラエルは沈黙しているが、米政府はイスラエルが実行したとみている。
バイデンとネタニヤフはハニヤ暗殺の翌日、電話で会談している。ネタニヤフが「ハニヤ殺害で停戦合意が早まる」と言うと、怒ったバイデンは「でたらめを言うな」などと声を荒げて批判したという。
バイデンは残り少ない任期中に成果を出すため、また秋の大統領選を民主党優位に展開するためにも、停戦合意を急がなければならない。ネタニヤフはそんなバイデンの足元を見て、地域の緊張を煽り続けている。
肝心の停戦交渉は8月15日に再開したが、ハニヤ殺害でハマスの態度が硬化し、先行きは一気に不透明になっている。