ペットブームの光と影 タイの路上から

AI要約

タイを含めた東南アジアではペットブームが続いており、ペット関連産業が活況を呈している。特にタイでは、ペット用品店やサービスを展開する企業が成長を続けており、ペットとの絆が深まっている。

一方で、路上で暮らす犬や猫が増加しており、保護団体が不妊手術を行うなどの活動を行っている。ペットの捨てられるケースも増加しており、保護犬の譲渡が課題となっている。

ペットとの暮らしを大切にする家庭も多く、ペットは家族の一員として扱われている。責任を持って飼育される一方で、捨てられるケースもあるため、マイクロチップの装着などが求められている。

ペットブームの光と影 タイの路上から

 タイを含めた東南アジアは近年、空前のペットブームだ。経済発展による所得向上でペットを飼う人が増え、市場はどんどん成長している。バンコクではペット可の賃貸物件への需要が増え、街中の公園にドッグランも整備されてきた。コンベンションセンターで開催されるペットイベントも毎回盛況だ。

 「タイのペット関連産業は活況で、コロナ禍でぐんと伸びて今も好調です」。国内でペット用品店「ペットラバーズセンター」などを25店舗展開するウィローン・リムトラジット氏は力強く言い切る。

 2012年にバンコクに1号店を開業し、現在は実店舗とオンラインショップを運営する。コロナ禍の外出自粛や在宅勤務でペットとの関わりが深くなったり、新たに飼い始めたりする人が増えた。売り上げが急増し、休業を余儀なくされたショッピングモールへの出店ではなく、路面店を増やす方向にかじを切ったのも奏功した。

 その後もブームは去らず、質にこだわったフードやおもちゃ、併設したペットサロンや動物病院などが好評で「2桁成長を続けている」。少子化の影響もあってペットを家族同然に思う人が増え、開業当初に比べて飼い主の要求が多様化しているという。先んじる欧州や日本への視察を重ねてサービス向上に余念がない。

 ペットラバーズセンターはシンガポールが本社のフランチャイズで、タイの他にマレーシアとフィリピンでも多店舗展開する。「次はベトナムが続くだろう」というのがウィローン氏の見方だ。タイのペットフード製造業者もアジアで拡大する市場を念頭に、これまでのOEM(相手先ブランドによる受託生産)メインから、自社ブランドでの勝負を始めているという。

 ◇路上暮らしの犬や猫たち

 大切にされるペットがいる一方、タイの街中では野良なのか飼われているのか見分けのつかない犬や猫をよく見かける。飼い主はいるが放し飼いにされている場合もあれば、地域の誰かが餌をやり居着いたという半野良も多い。仏教の不殺生の教えが浸透しているため殺処分に否定的で、路上で暮らす犬や猫が増えるらしい。

 6月下旬、バンコク郊外の寺の境内に子犬から成犬まで数十頭の犬が集められていた。屋外に2台並んだ簡易の手術台では、保護団体「ソイドッグ財団」の獣医師たちが不妊と去勢手術に当たっていた。慣れた手つきでどんどん進め、1頭当たりの所要時間は10分ほど。1日当たり40~50頭に施術することもあるという。その日のうちに元の地域に戻すため抜糸がいらない術式を用いる。

 手術は獣医師や看護師、捕獲担当らの9人1チームで当たり、地域を移動しながら寺や役所の軒先を借りて行う。頭数に応じて長くとどまることもあれば、数日で次の町に移動することもあり、バンコク周辺では12チームが活動する。繁殖を抑えることで、地域住民とのトラブルを回避し、見守りもしやすくなる。

 03年に南部のリゾート地プーケットで設立された財団は、タイ語で小さな道を意味する「ソイ」で生きる犬へのワクチン接種などにも取り組む。15年にチームに加わった獣医師のナットニシャ・ジョンサノンサブさん(33)は「地域ごとに定点観測をしていますが、活動を始めた当初より確実に数は減り、健康状態も改善しました」と成果を語る。手術に懐疑的な住民も気長に説得して、協力を求めてきた結果だ。

 ◇ブームの影には

 ナットニシャさんから気になる一言を聞いた。「コロナ禍で捨てられるペットも増えました。経済的な理由で飼えなくなった人が多かったのです。地域を回ると以前は見かけなかった犬のグループに出くわすことがよくあります」。外国人も多く暮らすプーケットでは、飼い主がコロナを理由に母国に帰った後にペットが残されることもあったそうだ。

 財団は保護犬の譲渡も行うが、まだ期待する結果にはつながっていない。ペットショップの店頭に並ぶような純血種の人気が高いという。ナットニシャさんは「インフルエンサーたちがSNS(ネット交流サービス)に投稿する写真や動画の影響が大きいのでしょう」。「『可愛い』と飛びつくのは理解できますが、保護犬も選択肢に入れてほしい」と願う。また、簡単にペットを捨てられないようマイクロチップの装着を義務づけてほしいと政治に期待する。

 ◇ペットは家族と同じ

 「82歳になる祖母は猫たちのお陰で元気に過ごせています」。元野良猫3匹と家族5人で暮らす会社員のリウラロン・ランシーヤノンさん(23)はこう話す。3年前に近所のソイで生まれた子猫を保護することに強硬に反対した祖母は、完全に宗旨替えした。膝に乗せた猫たちをなでながら「孫のように可愛くて」と目尻は下がりっぱなしだ。

 コロナ禍で家族が慣れないオンライン授業や仕事に追われる中、自宅にこもりきりになった祖母が1人で過ごす時間を埋めてくれたのが猫たちだった。定位置のテレビ前の長椅子に座ると、足元に寄ってきて甘える姿にほだされたという。自身が検査入院した際も猫に会いたいと訴えて、1日で帰宅してきた。

 3匹は家族のかすがいのような存在になっている。リウラロンさんは「仕事から帰宅して猫をなでると気持ちが休まります。癒やしを求めてペットを飼う人の気持ちはよく分かります」と話す。ただ、けがの治療に1万バーツ(約4万3000円)かかったこともあり、動物を育てるには責任と覚悟が必要だ。

 記者の実家にも昔、拾ってきた茶色の雑種犬がいた。ただ玄関先に寝転がっているだけだったが、家族のように思っていた。タイの路上の犬や猫にも穏やかな日々をと願う。【アジア総局長・武内彩】