英紙が注目 高齢化を食い止められるか?「女漁師」が日本の漁業を変える日

AI要約

日本の水産業における人手不足と女性漁師の課題について取り上げられた記事。岩手県の漁村で活動する女性漁師の姿が紹介され、水産業界の高齢化や伝統的な男社会の壁に直面しながらも、女性が参入を試みる様子が描かれている。

女性漁師の労働環境や差別意識についてのインタビューも掲載され、女性が船上作業や海に出ることに対する抵抗感が示されている。一方で、女性漁師が水産業の活性化に貢献する可能性も示唆されている。

さまざまな困難に直面しながらも、女性漁師たちが自然との共生をテーマに活動しており、水産業界に新たな風を吹き込んでいる。

英紙が注目 高齢化を食い止められるか?「女漁師」が日本の漁業を変える日

著しく高齢化が進む日本の水産業。人手不足が深刻な状況のなか、漁師を目指す女性の姿も見られるが、古くからの男社会が彼女たちの参入を難しくしているという。英「ガーディアン」紙が岩手県で取材した。

岡田真由美(49)は最後にひと振りして、水をたっぷり吸った重いロープを太平洋へ繰り出した。午後の強風で海面に白波が立つなか、夫の薫省(くにあき・54)が船室を出て船べり越しに目を凝らす。そして、最後に投入した幼生カキの稚貝が所定の位置まで下りたことを確認した。このカキが成長すると、東北地方の太平洋岸一帯の代名詞といえる大振りな身の高級食材となる。

3年前、岡田薫省は勤務していた旅行会社を辞め、妻の真由美とともに東京から500キロ北の岩手県大船渡市三陸町の小規模集落、泊(とまり)へ移住した。彼は以前から、漁師として一本立ちすることを夢見ていた。真由美は夫の夢を応援したが、彼女自身も海への憧れがあった。

「夫はいつも漁師になりたいと言っていました。それで2人で東北各地の漁港をいくつも見て回ったとき、いちばん親切に受け入れてくれたのが大船渡だったのです」と真由美は振り返る。

「私も漁業、とくにカキ、ホタテなどの二枚貝の養殖に関心がありました」

岡田夫妻は現在、泊漁港沖でカキ養殖を始める準備作業に追われている。泊漁港のある岩手県は、2011年の東日本大震災で発生した大津波で壊滅的な被害を受けた東北3県のひとつだ。

港の岸壁脇のテントで、幼生カキを育てるためのホタテの殻を準備しているのは女性たちだ。しかし真由美はほかの女性と異なり、陸上作業だけでなく、海にも頻繁に乗り出す。

日本の水産業の人手不足は深刻だ。長年、日本経済を支えてきたほかの伝統産業と同様、水産業も高齢化が進み、国内人口と歩調を合わせるように縮小を続ける。日本国内の漁業者の平均年齢は60歳に近づきつつあり、地域によっては70歳を超えている。

60年以上前の1961年、日本の水産業従事者は70万人だった。1990年代初め頃にその数は半減し、2017年にはさらに半減して、1961年の4分の1以下にまで縮小した。国勢調査の最新版(2020年)によると、現在、漁業に従事しているのは約14万人。うち女性は3万4000人強で、全体の約24%だ。

「周りを見ても、漁船に乗り込む女性はゼロではありませんが、ほとんどいません」と真由美は言う。彼女は漁業就業者としての研修を修了すれば、晴れて漁業者のお墨付きを得られる。

「水産業はただでさえ人がいませんから、興味のある人は誰でも来てほしいです」

薫省もうなずく。

「一部の会社は、女性が漁船に乗り込むと聞くと船を売ってくれない、などと聞かされていましたが、そうした対応も変化しつつあります。女性が漁業就業しないとなると、男だけではとてもやっていけないでしょう……。水産業はそんな業界です」

水産業界は恒常的な担い手不足に対処するため、女性に門戸を開くケースがますます増えている。そこで避けて通れないのが、どこをとっても男性中心の業界の体質と、女性が海に出て生計を立てるのを良しとしない文化的な抵抗意識だ。

そうした抵抗意識の一部は、民間伝承に起因する。「海の守り神は女の神様で、もし女性が海に漁に出たら“嫉妬”する(から海が荒れる)」などが最たる例だ。

泊漁港から太平洋岸をさらに北上した岩手県宮古市重茂(おもえ)で、漁師として30年以上の経験を持つサトウ・コウイチは、女性の漁業者を増やして水産業の活性化を図る施策に懐疑的だ。船上作業は重労働で、危険も伴う。サトウはクレーンを操って貯蔵タンクからコンブの入った袋を吊り上げながら、こう話す。

「古くから『女は陸(おか)、男は海』と言い習わされてきたから」

そしてこう続ける。

「沿岸漁業は女性抜きでは成り立たないが、漁獲物を船の上に引き揚げ、船倉に入れるといった船上作業は体力勝負。それに仕事は昼だけでなく、夜もある。長時間労働ですよ。それに、船酔いは大丈夫かね?」

この質問に対し、女性漁師の中村菜摘(なつみ・28)は陽気な笑い声をあげる。サトウは懸念を隠さないが、菜摘は彼の指導を受け、漁師研修の最終段階までこぎつけた。船酔いに関しては、夫の中村孝志(こうし)よりも強いと胸を張る。夫と海藻の養殖を始めるために重茂に移住し、ちょうど1年が過ぎた。彼女は、女性従事者が水産加工業に集中する現状を指摘する。

「水産業界では、漁獲物が水揚げされたあとの仕事しか女に割り当てない。本当にもどかしい。ここは、日本でもとくに伝統的な地域です。女漁師になりたいと近所の人に言ったら、本気かと聞き返されました。性差別ではなく、たんに女が漁船に乗って働く姿が想像できないんです」

しかし、菜摘はもともと海洋生物に興味があり、水産業の道に進みたいと思ったのは「自然な成り行き」だったという。彼女は、日本の捕鯨産業の中心地、下関市にある水産大学校で学び、その後、オーストラリアのジェームズ・クック大学で2年近く熱帯生物保全研究を専攻した。

重茂生まれの孝志は、漁師一家の親族は妻の職業選択に「まだ100%OKを出していない」ことを認める。

「家族はいまも、『漁師になりたいという気持ちは変わらないか』と妻に問い続けています。でも菜摘は漁業が大好きなので、僕はそれでいいと思っています」