北朝鮮向けビラは心理戦用の「紙の爆弾」…爆弾投下を民間に任せてもいいのか

AI要約

南北が韓国向けの汚物風船と北朝鮮向けビラをめぐり対立し、心理戦を展開。北朝鮮は韓国に汚物風船散布を暫定中断し、ビラが飛んできた場合100倍返すと警告。南北のビラ戦は心理戦の一環であり、歴史的な経緯もある。

過去、南北は敵をビラで攻撃し合い、ビラは戦争の手段として使用された。米軍や米政府もビラを使用して心理戦を展開し、ビラは敵の意志を抹殺する重要な要素だった。

冷戦終結後、南北のビラ問題は一時期沈静化したが2000年代半ばから再燃。脱北者団体や北朝鮮人権運動団体がビラを送り、南北関係を揺るがす一因となっている。

北朝鮮向けビラは心理戦用の「紙の爆弾」…爆弾投下を民間に任せてもいいのか

 南北が韓国向けの汚物風船と北朝鮮向けビラをめぐり鋭く対立している。北朝鮮は2日夜、韓国に対する汚物風船散布を暫定中断し、今後北朝鮮にビラが飛んできた場合、100倍で返すと警告した。南北が風船と「言葉の大砲」で応酬しているうちに武力衝突に進むのではという不安が高まっている。

 対北朝鮮ビラ問題が朝鮮半島を危機に追い込む導火線として浮上したが、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は一部の脱北者団体のビラ散布を「表現の自由の保障」のため「自制を要請しない」方針だ。憲法裁判所が昨年9月、「対北朝鮮ビラ禁止法が表現の自由を過度に制限する」として下した違憲決定の趣旨を尊重するという説明だ。

 尹錫悦政権はビラを「表現の手段」と捉えているようだが、そもそもビラは「戦争の手段」だ。ビラは20世紀以降、心理戦の代表的な手段になった。ビラは計算書やチラシなどを意味する英語「ビル」(bill)の日本語発音「ビラ」に由来したという。

 南北は分断後、「心理戦」の一環として互いにビラを飛ばした。朝鮮戦争は「ビラ戦争」だった。1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米陸軍のランク・フェイス長官は「敵を紙で埋めろ」と指示し、米国務省は「敵軍と市民に毎日ビラ一枚が届かなければならない」と述べた。

 「敵を紙で埋めろ」という言葉は「敵をビラで埋めろ」という意味だった。米軍は1950年から1953年までの朝鮮戦争期間中に40億枚のビラを撒いた。40億枚は地球16周、朝鮮半島を32回覆う量だ。北朝鮮軍も3億枚のビラを撒いたものと推定される。最前線に雪のように撒かれたビラは、兵士たちの膝まで覆うほどだったという。

 米国が韓国戦争の時にビラをばら撒いたのは、第2次世界大戦の経験のためだった。ドワイト・D・アイゼンハワー将軍は、欧州戦線で80億枚のビラを撒いた。米国がビラを多く撒いたのは、20世紀には戦争の形が国家のすべての能力を注ぎ込む「総力戦」へと変わったためだ。総力戦においては前方と後方の区分、戦時と平時の区分がない。総力戦では敵の戦争遂行意志そのものを抹殺してこそ勝利とみなされるため、人間の心理を刺激して望む方向に敵の行動を誘導する心理戦の重要性が浮き彫りになった。第二次世界大戦と朝鮮戦争当時、米国は軍事組織を備え、作戦の形でビラを撒いた。

 1953年7月に朝鮮戦争の停戦協定が締結されたが、南北のビラ戦は続いた。武器を持って戦う戦闘は終わっても、相手の考えとも戦う心理戦は終わらなかった。南北は互いにビラを撒き、相手の体制を嘲罵し、自分の体制を称賛した。韓国のビラは主に北朝鮮の最高指導者を狙ったものだった。1950年代には、北朝鮮の金日成(キム・イルソン)主席がソ連と中国に国を売り込んでいると批判した。70年代以降は、北朝鮮が権力を世襲し、北朝鮮最高指導者の私生活が乱れていると攻撃するビラが多かった。80年代以降は、韓国の経済発展を誇る内容が多くなった。北朝鮮も、金日成と金正日(キム・ジョンイル)親子を称賛するとともに、反米を扇動するなどの内容のビラを飛ばした。

 冷戦時代、ビラ散布は欧州でも行われた。米政府は1951~56年、ソ連の衛星国家ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーに3億枚以上のビラを積んだ35万個の風船を飛ばし、東欧住民の心をソ連から遠ざけるように仕向けた。米国は冷戦時代、キューバやニカラグアなどでも「風船作戦」を展開した。

 1990年代に冷戦が終わり、1990年に南北首相級会談が定期的に開かれてから、ビラ問題が沈静化した。南北が2004年6月、軍事境界線一帯の放送、掲示物、ビラなどを通じたすべての宣伝活動中止に合意したことで、心理戦活動が中断された。軍など南北当局が主導していたビラ散布も中断された。その後、南北関係が悪化すれば、南北がいずれもビラを一定期間撒いたりもした。

 2000年代半ばから、韓国では脱北者団体、北朝鮮人権運動団体などが北朝鮮にビラを送り始めた。その後、南北会談で北朝鮮は脱北民のビラ散布が南北合意違反だと抗議し、韓国は自由民主主義体制の特性上、民間団体の活動を阻止することはできないが、最大限説得していると対抗した。

 心理戦は音のない戦争だ。第二次世界大戦時に米国が体得した心理戦の原則の一つが「心理戦は司令部の機能」だ。冷戦の時、ビラは誰でも撒けるわけではなく、「司令部」である国家がなぜ、いつ、どこで、どのような内容のビラを流布するのかを緻密裏に企画・用意したうえで撒いてきた。

 そもそも「ビラ」は心理戦を遂行する手段だ。南北関係でビラは「紙の爆弾」の役割を果たしてきた。爆弾のような兵器は戦争を遂行する軍隊が独占するのが原則であるように、ビラもそうでなければならない。2000年代半ば以降、脱北者たちによるビラ散布は、南北の分断に起因した朝鮮半島だけの特性だ。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が脱北者団体の対北朝鮮ビラ散布を「表現の自由」だとして黙認するのは、戦争遂行手段の執行を民間に任せて放置することになる。国軍統帥権者である尹錫悦大統領は、ビラが単なる紙切れではなく、古い「戦争手段」であることを明確に認識してほしい。

クォン・ヒョクチョル記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )