「いきなり全国優勝」44歳玉田圭司はなぜ“高校サッカーの監督”になったのか? “引退後の喪失感”を満たした強豪・昌平高の緊張感

AI要約

元日本代表ストライカーの玉田圭司監督が昌平高校サッカー部の指揮をとり、インターハイで初の全国制覇を達成。

玉田監督は攻撃のバリエーションを広げ、チームの破壊力を高める取り組みを行っており、結果を残している。

サッカーに対する情熱とアイデアが溢れる玉田監督の指導により、昌平高校サッカー部は躍進を遂げている。

「いきなり全国優勝」44歳玉田圭司はなぜ“高校サッカーの監督”になったのか? “引退後の喪失感”を満たした強豪・昌平高の緊張感

今季から埼玉県・昌平高校サッカー部の監督に就任した玉田圭司(44歳)。夏のインターハイでは同校初の全国制覇を達成するなど、元日本代表のストライカーが早くも結果を残している。監督就任の経緯から、高校生たちに伝えたい想いを語った。【NumberWebインタビュー全2回の前編】

 高校サッカー界の名門・昌平高校が、悲願の全国制覇を達成した。

 今季からチームを指揮するのは、44歳の玉田圭司監督だ。

 そう、かつて日本代表としてW杯に2度出場し、2006年ドイツ大会ではブラジル相手に強烈な左足のミドルシュートを叩き込んだ、あのストライカーだ。そんな往年の名手が高校サッカーの監督になってわずか半年足らずで、インターハイ優勝という結果を残した。サッカー界の歴史を見ても、快挙と言えるのではないだろうか。

 昌平は近年多くのJリーガーを輩出する強豪校である。決して玉田がイチからチームを築き上げたわけではないが、監督就任以降、確かに変化は感じられた。

 これまでの昌平は、中央から数的優位を保ちながらボールを運んでいくスタイルが主体。テクニックに優れる選手たちが、ショートパスとドリブルを織り交ぜながら前進し、ボールを奪われたら即時奪還を図っていく距離感の近いサッカーだった。玉田はそこに新たなエッセンスとして、テンポの良いサイド攻撃を加えた。

 3年生の岩谷勇仁、長璃喜と山口豪太の2年生コンビと、Jリーグスカウトが熱視線を送るドリブラーをサイドに配置。中央にボールを集めてから素早くサイドに展開し、彼らに1対1からの縦の仕掛けやカットインを促し、周りの選手が連動してスペースに入り込むスタイルを構築した。

「やるからには日本一を目指したい。その中で、質を高めながら、勝利に結びつくことをやっていく。それができれば、観ている方も楽しいし、やっている方も楽しいと思う。大事にしたいのは全員攻撃・全員守備の意識を持つこと。後ろからボールをつなぎたいけど、時には早くひっくり返さないといけないこともある。前から奪ってショートカウンターも必要で、それができない時はブロックを組むなど状況はたくさんありますが、その中で全員攻撃・全員守備を頭に意識してやることは曲げたくない。僕の中にはアイデアがあるので、そこを試しながら柔軟性を持ってやっていきたいと思っています」

 監督就任直後の言葉通り、約半年という時間ではあるものの、攻撃のバリエーションは着実に広がった。インターハイでは決勝で3ゴールを挙げるなど、6試合で15ゴールという破壊力を見せつけて頂点に立った。さらにプレミアリーグEASTでも、5位につけて得点数はリーグ3位を誇る。ゴールへ向かう矢印の数と圧が増しているのだ。

「指導者になってから日々勉強。やっぱり毎日サッカーに関わるっていいですね。生きている実感を得ています」

 名門校の監督として終始引き締まった表情だったが、少しほころんで、こう続ける。

「僕は、昔からサッカー大好き小僧ですから」

 玉田を初めて目にしたのは習志野高校時代だった。ボールを持つと相手の逆を突くドリブルで一気に突破し、あっという間にシュートまで持っていく。相手が寄せてくれば正確なパスを出してスルスルとゴール前に入っていくなど、アイデアと引き出しが豊富で常にゴールを狙える選手だった。

 忘れもしないのは、玉田が大会8ゴールを挙げて4強入りに貢献した高校3年生のインターハイ。中でも3回戦の初芝橋本戦は衝撃的だった。自陣ペナルティーエリア付近でボールを受けると、そのまま相手ゴール前まで一直線にドリブルで運び、そのままGKとの1対1を制してネットを揺らした。これといったフェイントを入れていないのに、相手はまるで玉田を見送るかのように抜かれていく。圧巻のゴールに鳥肌が立った。