創設6年目で全国制覇 なのに方針転換 岡山・ねや卓球クラブの挑戦とは
祢屋康介が岡山市内に設立した卓球場、ねや卓球道場についての紹介。
祢屋康介の経歴や指導方針、現在の取り組みなど。
祢屋康介が中国での卓球留学経験から得た教訓や考えを語る。
ねや卓球クラブの練習場、ねや卓球道場。可愛い名前だ。
由来は、代表の祢屋康介(ねやこうすけ)、現在37歳。
14年前、関西大学卒業後、地元に戻り岡山市内に卓球場を作った。
通常、卓球場のスペースを制限してしまう柱が室内にない設計で、簡単な宿泊施設も備える。
ねや卓球クラブは、かつて創設6年目で全国ホープス団体で優勝。
クラブOBには、萩原啓至(愛工大)、由本楓羽(中国電力ライシス)、青井さくら(筑波大学)など、現在活躍中の若手選手が名を連ねる。
現在もジュニア会員だけで100名弱が在籍、明るい雰囲気の中で切磋琢磨する。
現在、祢屋康介はナショナルチームの強化スタッフも務めながら、世界トップレベルの強化と、地方の卓球好きな子どもたちの育成を両立させようとしている。
地方の卓球場経営としては、一つの理想的な形だ。
しかし、そこには、かつて栄光の瞬間に「別の登りかたで」と心に誓った方針転換があった。
――今年の全農杯全日本ホカバ岡山県予選は、ねや卓球道場からは5人+推薦1人の計6人が代表権を勝ち取りましたね。
祢屋康介:おおかた予想通りです。期待値が乗っていた部分は期待値だった、あと一歩の悔しい部分もありますが、子どもたちがよくがんばったなという感じです。
全日本ホカバは夢舞台なので、ひとりでも多くの子どもを連れて行ってあげたいなとは思ってるんですけどね。
――試合翌日ですが、子どもたちは集中して練習してますね。
祢屋康介:ラリーズさんに取材に来ていただいてるおかげかもしれません(笑)。
でも、うちの生徒たちの良いところは、ガミガミ言わなくても、みんな頑張る土壌ができているんですよね。選手たちのおかげだなと思います。
――祢屋さんは関西大学時代、中国に卓球留学しているんですよね。指導の勉強ですか。
祢屋康介:いえ、無謀にも自分が選手としてもう少し強くなりたいと思って行きました(笑)。
一年休学して、北京の卓球チームに。交換留学で単位認定されると進級するので、日学連登録4年の貴重な一年を棒に振ってしまうと思ったので(笑)。
仮に1年間休学しても日本に戻ったらまだ3年出れる、いっぱい練習できて4年のとき強くなれるんじゃないか?と。
――見事に卓球のことしか考えてないですね(笑)。
祢屋康介:浅はかな考えなんですけど(笑)、ただ、振り返るとあのとき中国に行ったことが、結果的にその後の指導者人生には活きてるなと思います。
――どんなところが?
祢屋康介:まず、中国語が日常会話程度にはできるようになったので、海外遠征の際や中国人コーチとやり取りするのに役立ちますね。
あとは、中国といっても、特別なことは何もやってないことを知ったことですね。
祢屋康介:いつ中国に行っても思うんですけど、特別なことはやっていない。
中国の秘密、みたいなものを探りにみなさん行くけれど、ただ地道にやるべきことをコツコツやっているだけなんですよね。当たり前のことを誰よりもやり続けられるか、結局これが勝ち筋なんだと、子どもたちにもよく言っています。
本当に、どこに行っても全国共通みたいなメニューをやってるんです。どこの国でも実践できる練習。でもそれをとことんやっているのも中国だけ。勉強になりましたね。