体の中にはボルトが12本…山口いづみさん腰椎すべり症との苦闘を語る

AI要約

山口いづみさんが腰椎すべり症や手術の苦労を振り返る。

30代後半から始まる腰痛、悪化して歩行困難になるまでの経緯。

手術を経て現在はリハビリを続けながら、人生を楽しむことを決意。

体の中にはボルトが12本…山口いづみさん腰椎すべり症との苦闘を語る

【独白 愉快な“病人”たち】

 山口いづみさん(俳優/69歳)

  =腰椎すべり症ほか

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「こんなにひどいのは長い整形外科人生でトップ3に入りますよ」

 大学病院の先生にそう言われて、かなり驚きました。

 今年の春、3回にわたって手術をいたしました。今は歩けるようになりましたけれど、前かがみになることや、後ろに反ることや、体をねじることはたぶんこの先もできないと思います。

 始まりは、30代後半の子育て真っ最中の頃でした。腰痛で整形外科を受診すると「腰椎すべり症」と診断されて、コルセットを作り、ずっと定期的にレントゲンを撮って経過を見てきました。

 腰痛ってすごく痛いときと、ちょっと楽になるときを繰り返しながらだんだん悪くなるんですね。でも、気づくとちょっと楽になる時期がなくなって、ここ2年くらいはずっと痛い状態でした。寝ていても痛いし、寝返りの痛みで起きてしまうので寝不足にもなって、3種類の痛み止めを場合に応じて飲むようになりました。

 それでも痛くて、ブロック注射も効きません。去年の暮れぐらいからはお婆さんみたいに前かがみにならないと歩けなくなりました。10歩進んでは腰を伸ばし、また10歩進むような状態……。仕事がら、姿勢よくありたいのにそれができないのです。

 鍼や整体、カイロプラクティックなど、ありとあらゆるものを試しましたが効果はありません。腰は右に傾いて、体のラインが出るドレスや着物が着られなくなりました。それでも、昨年のクリスマスライブの日は朝から痛み止めを飲み続けてステージに立ちました。中止を考えなかったのは、何か目標がないと張りがなくなって、姿勢をキープしようと努力しなくなるからです。

 30代後半から通っている整形外科の先生から、「腰の手術は必ず治るとは言い切れないし、神経が集まっているところなので、歩けなくなるリスクもゼロではない。手術は最終手段にしましょう」と言われてきました。なので、ギリギリまで耐えてきたのです。

 杖を使ったことはなく、「痛い」とか「つらい」という言葉も周りの方々に気を使わせてしまうので一切言わず、ずっと“普通”を装っていました。マネジャーにすら相談したことはありません。

■10歩しか歩けなくなったとき限界を感じた

 でも10歩しか歩けなくなったとき、限界を感じたんです。精いっぱいでした。これ以上、このままでは人生が楽しめない。

 誘っていただいても旅行にも行けない。残された時間が何年か分かりませんけれど、こんなに痛い思いをして、悲鳴を上げながら暮らすのは嫌だと思い、それで手術に踏み切りました。

 大学病院でよく調べていただくと、腰椎すべり症のほかに「脊柱管狭窄症」と「腰椎椎間板ヘルニア」も併発していて、先生に「よくここまで頑張ってきましたね。こんな状態で仕事を続けていたとは信じられない」と言われました。背骨の3番、4番、5番が完全にズレてしまって、骨と骨の間の神経が行き場をなくしてとぐろを巻いている状態だったようです。

 手術は怖いですけれど、執刀の先生が「リスクはあるけれど、痛くない生活を与えてあげたいと思う」と言ってくださったので、信じてお願いしました。痛すぎる状態だったので「今より悪くなることはない」と思ったのも正直なところです。

 手術はスケジュールの関係でその大学病院ではなく、先生が週1回出張している人工関節と腰椎の専門病院で行うことになりました。幸い、内臓疾患などがないという条件に該当したので転院がかない、なんとか7月のステージに間に合わせることができました。

 1回目の手術は脇腹を切って腸の方から背骨の骨と骨の間に人工軟骨を差し込み、3日後の2回目の手術で、背骨の両脇を各30センチほど切って、湾曲している骨を真っすぐにするように棒状の金具を入れ、先に差し込んだ人工軟骨と固定しました。

 その時点で8本のボルトが体の中に入ったわけですが、術後3日後から激しい痛みに襲われました。初めは術後の通常の痛みだと思ったのですが、大量の痛み止めを点滴しても痛みが引かないので、CTを撮ってみたらボルトが抜けていることが発覚しました。骨の湾曲が強すぎて、ボルトが抜けちゃったんですって。

 緊急手術となりました。ボルトをこの世にある中で最強のチタン製に変更し、さらに背骨だけじゃなく骨盤にも留める大工事をいたしました。なので、今は12本のボルトが入っています。空港の保安検査で音が鳴るんじゃないかな~と思って、飛行機に乗るのをちょっと楽しみにしているところです。執刀の先生は「絶対に鳴らない」とおっしゃっていましたけどね(笑)。

 25日間の入院で3回の全身麻酔手術。リハビリ病院に通うようになったら、そこの先生が私のレントゲン写真を見て「こんなの見たことない。よく乗り越えましたね。やった先生もすごい」と驚いていました。

 今回の経験を通して、改善できるものは早めに改善した方がいいなと思いました。人間、生きてるうちは楽しまなくちゃ。今は骨がもろくならないようにカルシウムの薬を飲んで、ボルトが外れないように気をつけながら生活しています。 

(聞き手=松永詠美子)

▽山口いづみ(やまぐち・いづみ) 1954年、東京都出身。72年にドラマ「続・大奥の女たち」で芸能界デビュー。同年「緑の季節」で歌手デビューも果たす。その後、「雑居時代」「大江戸捜査網」「江戸を斬る」「水戸黄門」など数々の人気ドラマに出演。映画や舞台で活躍し続けるほかディナーショーも定期的に開いている。クロアチア協会の理事でもあり、クロアチアと日本の文化交流に貢献している。