「脂質異常症」の新たな標準薬…スタチン代わる「ベムペド酸」とは?

AI要約

「スタチン」は血液中のコレステロールを低下させて動脈硬化リスクを下げ、心臓病などを予防する効果がある。しかし、スタチン不耐症状の患者には新しい治療選択肢として「ベムペド酸」が現れ、有望な成果が期待されている。

「ベムペド酸」は大規模臨床試験において、スタチン不耐の患者に対して心臓病の発症率を有意に低下させる効果が示された。ただし副作用や安全性については引き続き注意が必要である。

日本ではベムペド酸の製造販売承認申請が進められており、新しい治療薬としての期待が高まっている。

「脂質異常症」の新たな標準薬…スタチン代わる「ベムペド酸」とは?

「スタチン」は血液中のコレステロールを低下させることで動脈硬化リスクを下げて心臓病などを予防する。開発には日本人研究者が深く関わっていて、その研究を基に米国人研究者がノーベル賞を受賞。また、スタチンを製品化したのも米国製薬会社だ。それ以降、世界中の動脈硬化に悩む患者の命を救ってきたが、それとは別の仕組みで血液中のコレステロールを低下させる新薬がこの秋にも日本に登場するという。どんな薬なのか? 本紙で連載中の「役に立つオモシロ医学論文」の著者で、病院薬剤師でもある青島周一氏に解説してもらった。

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「血液中に含まれる脂質とは、コレステロールや中性脂肪を指します。体に悪いイメージがありますが、糖質、タンパク質と並び、健康の維持に欠かせない3大栄養素のひとつです。とりわけコレステロールは、全身の細胞構造を維持する役割を担い、ホルモンやビタミンDなど生命活動に必要な物質の原料となります。しかし、血液中のコレステロールが増えすぎると、動脈硬化の原因となります」

 動脈硬化とは、血管の内壁にコレステロールやカルシウムが蓄積し、血管の弾力性が失われるとともに、血管の内側が狭くなってしまう状態。進行すると徐々に血流が悪くなり、心臓病や脳卒中の発症リスクが高まる。

「血液中の脂質が増加した状態を脂質異常症と呼びます。とりわけ、LDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)は、心臓病の発症リスクを高める危険因子であることが知られています。脂質異常症の治療において、中心的な役割を果たしてきた医薬品がスタチンです。スタチンは、コレステロールの合成に必要な酵素の働きを抑えることでLDLコレステロールを低下させます」

 スタチンの効果はまた、単にLDLコレステロールを下げるだけでなく、心臓病の発生リスクを低下させることが複数の大規模臨床試験によって明らかにされている。そのため、脂質の異常値を認める多くの人にスタチンが投与されていて、英国医師会の公式ジャーナルによれば、世界83カ国において約1億4500万人がスタチンを使用していたと報告されており、世界で最も服用されている薬のひとつと言える。

「しかし、スタチンを処方された患者さんの25~50%で、1年以内に服薬を中止することが知られています。スタチンは筋肉痛や頭痛などの副作用が生じることも多く、肝臓の機能を低下させることもあります。このような、日常生活に許容しがたい副作用によって、スタチンの服用が継続できなくなる状態をスタチン不耐と呼びます。スタチン不耐は女性や高齢者、糖尿病を有する人で多いことも知られており、スタチンに代わる効果的な治療薬の開発が大きな課題でした。そのような中、脂質異常症の新たな治療選択肢として注目されている薬が『ベムペド酸』です」

■筋肉への負担が少なく不耐患者に朗報

 ベムペド酸は、スタチンとは異なるメカニズムでコレステロールの合成を抑える。スタチンが肝臓だけでなく筋肉細胞内でも作用するのに対し、ベムペド酸は主に肝臓で活性化される。そのため、筋肉に対する影響が少なく、スタチン不耐の患者にも使用できると考えられてきた。

 2023年3月、ベムペド酸の有効性と安全性を検証した大規模臨床試験の結果が、世界的にも有名な医学雑誌「New England Journal of Medicine」に発表された。スタチン不耐の患者約1.4万人が被験者だった。

「被験者は、ベムペド酸を投与する群と、プラセボを投与する群にランダムに振り分けられ、心臓病の発症率が比較されました。中央値で40.6カ月にわたる追跡調査の結果、心臓病の発症はベムペド酸を投与した群で11.7%、プラセボを投与した群で13.3%と、ベムペド酸を投与した群で統計学的にも有意なリスク低下を認めました。また、2つの群で重大な副作用の発生率に差を認めませんでした。ただし、ベムペド酸を投与した群では、痛風や胆石の発生率が高くなる傾向性を認めました。それでもこの研究結果は、ベムペド酸がスタチン不耐の患者さんにとって新たな治療選択肢となる可能性を示しています。特に、スタチンを使用できない、あるいは十分な効果が得られない患者さんにとって、大きな希望となるかもしれません」

 一方で、同薬の安全性に関するデータは限られており、今後の課題と言えると青島氏は言う。

 なお、ベムペド酸は日本において、大塚製薬株式会社が研究開発を進めていて、2024年の後半に製造販売承認の申請を予定している。