過去とはまったく逆の使われ方をしている治療薬がある【高齢者の正しいクスリとの付き合い方】

AI要約

心不全の治療には、過去と今で効き方が異なるクスリが使われている。

過去は心臓を強制的に動かす成分が使われていたが、現在は心臓を休ませる成分が主流となっている。

膵臓の治療でも同様に、過去の治療方法と現在の治療方法が異なることがある。

過去とはまったく逆の使われ方をしている治療薬がある【高齢者の正しいクスリとの付き合い方】

【高齢者の正しいクスリとの付き合い方】

「心不全」は、心臓が肥大することでなめらかな動きができなくなる病態で、血液を押し出すポンプとしての機能が低下します。この心不全の治療には、過去と今で効き方が百八十度違うクスリが用いられています。いったいどういうことなのでしょう?

 一昔前は、心不全の治療にはアドレナリンやドーパミンといった「カテコールアミン」と呼ばれるクスリが用いられていました。カテコールアミンは強制的に心臓を動かす成分です。しかし、カテコールアミンを使うと、心不全患者の予後が悪くなることがわかりました。じつは、心臓は無理をさせるとより疲弊してしまう臓器だったのです。いわゆる「痩せ馬にムチ」が利かないということになります。そのため、現在では血圧が保てないなどよほどの状態でないとカテコールアミンは使われなくなりました。

 一方、高血圧や不整脈に用いられる「β1遮断薬」というクスリは、心臓の動きを抑えてしまうため以前は心不全の患者には使われていませんでした。実際、β1遮断薬の添付文書には、禁忌項目(使ってはダメな項目)として心不全が記載されていました。

 ところが、β1遮断薬を使うと、心不全患者の予後が逆に良くなることがわかりました。心臓は無理をさせると疲弊してしまうため、適度に休ませてあげることで逆に機能が改善するのです。こちらは現在では心不全患者によく用いられるようになりました。

 もちろん、以前から変わらず心不全患者に使われているクスリもあります。それは利尿薬です。利尿薬を使って体内の水分を外に出すことができれば、血圧が下がって心臓の負担を軽くすることができます。そこで現在はβ1遮断薬+利尿薬という処方もよくされています。また、新しいクスリも出てきています。

 いずれにしても、以前は心不全の治療薬とされていたカテコールアミンが現在ではほぼ使われておらず、以前は心不全に使ってはいけないとされていたβ1遮断薬が現在では治療薬として頻繁に使われるようになったのです。ちょっと極端ですが、「昔のクスリが今は毒になり、昔の毒が今はクスリになった」というとイメージしやすいですね。まさに、時間とともに治療方法がまったく逆になったということです。

 無理が利かない臓器は他にもあり、それが膵臓です。糖尿病でインスリンの分泌が悪くなっている患者に、強制的にインスリンを出させるクスリを用いると、膵臓の細胞が疲弊してしまいます。そのため、あえてインスリンの注射を導入することで、膵臓を休ませて機能を回復するやり方もあります。

「昔の敵は今日の友」──。こういったことがクスリの世界でもあるということはじつに興味深いと思いませんか?

(東敬一朗/石川県・金沢市「浅ノ川総合病院」薬剤部主任。薬剤師)