認知症グレーゾーンからのUターンをサポートしたお嫁さんのファインプレー

AI要約

認知症の初期症状としての「作話」について紹介。

作話をする本人に寄り添った対応が認知症予防に効果的であることを解説。

認知症専門医の朝田隆氏による著書『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』からの一場面を紹介。

認知症グレーゾーンからのUターンをサポートしたお嫁さんのファインプレー

「パック入り卵を4日連続で買ってしまった」「身近な人の名前が出てこない」など、最近何かがおかしいと感じることがあったら……それは認知症の警告サイン!?正常な脳と認知症の間にある〝認知症グレーゾーン〟かもしれません。

ちょっとおかしいという異変に気づいたら、認知症へ進む前にUターンできるチャンス!

認知症の分かれ道で、回復する人と進行してしまう人の違いは何なのか。40年以上、認知症の予防と研究に関わってきた認知症専門医の朝田隆さんによる著書『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』から一部を抜粋・編集し、健康な脳に戻るためのヒントを紹介します。

■「困っている人を助けていた」と言い張る迷子のVさん

認知機能が衰えてくると、自分の記憶の欠けているところをごまかしたり、補ったりするために、周囲の人に「作話(さくわ:作り話)」をするようになります。

すぐにウソだとわかる作り話がほとんどですが、とにかく自分はボケていると思われたくない一心で、ちゃんとした目的があって行動しているのだと言い張ります。

あるいは、本人にウソをついているという意識はなく、記憶がないので「たぶん、こうだったんじゃないか」という想像で話をとっさに作ることもあります。

それが作話です。

たとえば、認知症グレーゾーンのなかでもかなり進行していたVさん(80歳・男性)は、昼食後に散歩へ出かけたまま、夕方になっても帰らなかったことがありました。

奥さんと、同居する息子さん夫婦が心配して探したところ、近所のコンビニエンスストアの前のベンチに座っているVさんを発見したそうです。

「こんなところで何をしているの?」と尋ねても、Vさんは気まずそうな顔で黙ったまま何も答えません。

疲れている様子のVさんを心配し、ご家族はそれ以上、何も聞かずに家へ連れて帰りました。

帰宅後、Vさんは何事もなかったように、テレビを観ながら少し遅い夕食を食べています。奥さんは、聞くのが怖くて黙っていましたが、息子さんが口火を切ります。

「テレビを観ている場合かよ。いったい何していたんだ」と、少し強い口調で尋ねたそうです。するとVさんは、テレビを観たまま「いや、道に迷って困っている人がいたから、家まで送ってあげたんだ。それでちょっとコンビニの前で一休みしていたら、おまえたちが来て……」と、か細い声で言います。

息子さんは「本当かよ」「せめてスマホで連絡しろよ」とVさんを責めます。

奥さんはおろおろするばかり。

■お嫁さんのファインプレー

すると、息子さんのお嫁さんがこう言ったそうです。

「お義父さん、無事に帰ってきてくれて本当によかったです。道に迷っている人を助けてあげていたなんて思いもしませんでした。とにかく無事でよかった。今度から遅くなるときは連絡してくださいね」

Vさんは納得したように「うん。じゃあ、もう寝るわ」と言って寝室へ行ったそうです。息子さんは不満そうでしたが、それ以上は何も追及せず、Vさんの奥さんもキツネにつままれたような感じで、私のところへ相談に来たのでした。

その話を聞いて、「お嫁さんの対応はすばらしいですよ」と、私はお伝えしました。

Vさんの奥さんや息子さんは、夫として、あるいは父親として頼もしかったVさんの姿を知っています。ですから、変化していく様子を受け入れたくない思いがあるわけです。

一方、お嫁さんはVさんの若い頃を知りませんし、少し距離を置いて見ることができます。加えて、Vさんが認知症グレーゾーンと診断されてから、認知症についていろいろ勉強し、作話のことも熟知していたようでした。

身近な親族が、このお嫁さんのように第三者の目線で対応することは、なかなか難しいのは事実です。それでも、作話を責めたり、否定したりすることは、本人のプライドを傷つけるだけで、Uターンにはつながりません。

作話が見られたら、「なぜこんなウソをつくんだろう」と、まず考えてみましょう。

Vさんの場合は、「自分はボケてない」「ちゃんと覚えている」と虚勢を張りたいがために、「困っている人を助けていた」という作話をしました。その思いを受け止め、ウソとわかっていても「そうなんだ。それはよいことをしたね」と、一言伝えるだけでも本人は納得します。

こうした本人に寄り添った言葉かけの積み重ねが、本人の意欲を高め、Uターンへ導くコツです。

☆ ☆ ☆

いかがだったでしょうか?

「おかしい」と感じてから専門の医療機関を受診するまでに、何と平均4年かかるというデータもあるそうです。その間に、認知症の症状はどんどん進行していってしまいます。

認知機能をセルフチェックし、正しい生活習慣を身につけるためのヒントが詰まった一冊『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』。ぜひ書店でチェックしてみてくださいね。

著者/朝田 隆(アスコム)

認知症専門医

東京医科歯科大学客員教授、筑波大学名誉教授、医療法人社団創知会 理事長、メモリークリニックお茶の水院長

1955年島根県生まれ。1982年東京医科歯科大学医学部卒業。東京医科歯科大学神経科精神科、山梨医科大学精神神経医学講座、国立精神・神経センター武蔵病院(現・国立精神・神経医療研究センター病院)などを経て、2001年に筑波大学臨床医学系(現・医学医療系臨床医学域)精神医学教授に。2015年より筑波大学名誉教授、メモリークリニックお茶の水院長。2020年より東京医科歯科大学客員教授に就任。

アルツハイマー病を中心に、認知症の基礎と臨床に携わる脳機能画像診断の第一人者。40年以上に渡る経験から、認知症グレーゾーン(MCI・軽度認知障害)の段階で予防、治療を始める必要性を強く訴える。クリニックでは、通常の治療の他に、音楽療養、絵画療法などを用いたデイケアプログラムも実施。認知症グレーゾーンに関する多数の著作を執筆し、テレビや新聞、雑誌などでも認知症への理解や予防への啓発活動を行っている。