タクシー券悪用で「キックパック」の誘い…バブル期にはいろんなことがありました【タクシードライバー哀愁の日々】

AI要約

バブル時代のタクシードライバーの豪華なエピソードや不正行為についての回想。

バブル経済時代にタクシーチケットの不正使用や悪質な客とのエピソード。

当時の金持ちや芸者の贅沢な暮らしを反映した、バブル時代のタクシードライバーの様子。

タクシー券悪用で「キックパック」の誘い…バブル期にはいろんなことがありました【タクシードライバー哀愁の日々】

【タクシードライバー哀愁の日々】#28

「バブルのころは……」

 60代、70代の方なら、ほとんどの人がこうした前振りではじめる景気のいいエピソードの1つや2つはあるはずだ。程度の差はあるだろうが、なかには「臨時ボーナスが1人100万円」「接待ゴルフが毎週」「週に2回は銀座のクラブ」「帰宅は毎晩タクシー」など、いまの若い世代には信じられないような経験をした人が多いはずだ。

 バブル時代には、タクシードライバーもまた少なからずバブルの恩恵に浴していたことは間違いない。ごくまれにだが、3500円の乗車料金でも5000円札、1万円札を出して「釣りはいらない」というお客もいた。それどころではない。当時、ある同僚から聞いた話がある。午後の3時ごろ、銀座で大きな紙袋をいくつも持った女性が手を上げている。「セレブ婦人がお買い物か」と、最悪はワンメーター、よくて目黒、渋谷界隈まででせいぜい3000円程度のお客だろうと値踏みをする。ところが、クルマを止めてみると「運転手さん、鬼怒川まで」と言われて驚いたという。鬼怒川といえば栃木県。バブル当時でもタクシー代は3万円以上だ。おまけにメーターは出るが、高速道路を使うから信号待ちもない。所要時間も往復で4時間程度。ドライバーにとってはじつに「おいしい仕事」だ。

 バブル当時、温泉地として名高い鬼怒川は「東京の奥座敷」とも呼ばれ、多くの金持ち連中が訪れた。「鬼怒川芸者」と呼ばれる女性も多く、彼女たちも羽振りがよかった。なかには往復タクシーで、銀座での買い物を楽しむ芸者さんもいたのだ。

 いまでは信じられない話だが、まさにバブルの時代だったのだ。ところで最近、ある雑誌のコラムである記事を目にした。

「バブル経済のころには金額を入れない白紙のタクシーチケットを受け取り、運転手が好きな金額を入れていたのである」

 たしかにバブル期、タクシーチケットを巡ってはそんなことがまかり通っていたようだ。だが、私の勤めていた会社では、ドライバーが金額を書き込むことは不正行為とされ、会社では禁止事項となっていた。発覚すれば即クビである。仮にお客が泥酔していてチケットに金額を記入することもできない場合には、そのまま白紙で預かり、レシートを添えて会社に提出して金額を記入してもらう仕組みになっていた。

 あるとき、泥酔したお客に実際よりも少ない数字を書かれたことがあった。「書き直していただけますか」とお願いしたが、前後不覚のお客では話にならない。あきらめて会社に戻り、訳を話して訂正したチケットを提示したことがある。だが、事務職員は冷たかった。「内田さん、これは不正と見なされてるんだよ」と無効扱いにされ、自腹となった苦い経験があった。

 タクシーチケットに関しては、悪知恵を働かせるお客もいた。そのお客は目的地に着くと、「1万3000円って書くから、3000円戻してよ」という。実際の乗車料金は7500円程度だったと思う。要は「3000円を自分に渡してくれれば、運転手さんも2500円儲かるでしょ」という“キックバック共犯”の提案なのだ。私としては、不正がバレて、わずか2500円ぽっちのお金で職を失うわけにはいかない。第一、会社に提出するレシートと金額が違っていれば不正はバレる。「申し訳ありません。それはできません」と丁重に断った。すると「話のわかんねえ運ちゃんだな」とそのお客は吐き捨てるように言い、渋々、実際の数字を書いたチケットを私に投げつけてきた。

 ちなみにこの「キックバック男」、国会議員バッジではなかったが、某広告代理店の社員バッジをつけていた。

(内田正治/タクシードライバー)