ポルシェ最高峰の市販モデルは「911」ではなく「963」!? WECのハイパーカー・クラスに挑むマシンを検証

AI要約

ポルシェはWECのトップ・カテゴリーであるLMDhに参戦し、自社マシンを投入している。

LMDhはコストを低減するための共通部品を持ちながら各メーカーが独自のエンジンやボディを開発できる規定である。

ポルシェのLMDhマシンである963はプライベーターにも供給される販売車両であり、デザイン部門が参加していることも特徴的である。

ポルシェ最高峰の市販モデルは「911」ではなく「963」!? WECのハイパーカー・クラスに挑むマシンを検証

ル・マン24時間レースに代表されるFIA世界耐久選手権(WEC)のトップ・カテゴリーであるハイパーカー・クラスにはル・マン・ハイパーカーとLMDhの2種類がある。

◆ポルシェはLMDhを選択

LMDhとはLe Mans Daytona hの略で、比較的開発の自由度が高いル・マン・ハイパーカーとは異なり、4社のコンストラクターが提供するシャシーをベースに各メーカーが独自のボディと最高で630HPを発生するエンジンを開発し、搭載。そこに50kWを発生する全車共通のハイブリッド・システム、バッテリー、変速機の搭載を義務付けることでコストの低減を図っている。車両カテゴリーの名称にル・マンとデイトナの名が掲げられていることからもお分かりの通り、WECとIMSAシリーズに参戦が可能なのも特徴となっている。そこでポルシェが久々のWECトップ・カテゴリー復帰を果たすために、2023年シーズンから投入したLMDhマシンが、「963」だ。

◆マルチマティック社製を採用

シャシーは「アストン・マーティンOne-77」や「フォードGT」(2015年発表の2代目)の開発に関与した経験も持つカナダのマルチマティック社製を採用。エンジンは918スパイダーに搭載されていた4.6リッターV型8気筒をベースにツインターボ化するなどの改良を施した9RD型ユニットで、変速機はLMDh共通のXtrac製7段シーケンシャル・セミATを使用している。

 

今回の参戦にあたりポルシェはアメリカのペンスキー・モータースポーツと提携してワークス活動を開始。ペンスキーといえば今年でインディ500の24勝目を達成した名門チームだが、実は1971年からワークス格として「917/10」でCan-Am(カンナム)シリーズに参戦を開始し、1972年、1973年とシリーズ・タイトルを獲得しているほか、2005年からは「RSスパイダー」でALMS(アメリカ・ル・マン・シリーズ)に参戦し、2006年から3年連続LMP2クラス・タイトルを獲得するなど、ポルシェとは深く長い縁を持っている。ポルシェがオフィシャルフォトに1973年の「917/30」と963を並べた写真を用意しているのも、そうした歴史的な繋がりとアメリカでのPR効果を狙ったものと言えるだろう。

◆23台のうち6台がポルシェ

なぜ2010年代に「919ハイブリッド」でWECを席巻したポルシェが、トヨタやフェラーリのようなル・マン・ハイパーカーではなく、LMDhを選んだのか? それをずっと疑問に思っていたのだが、今年のル・マン24時間の現場を訪れてみて、その理由が少しわかった気がした。

2024年現在、LMDh規定でエントリーしているのはBMW、キャデラック、ランボルギーニ、アルピーヌ、アキュラ、そしてポルシェの7メイクス。この中でポルシェはいち早く名乗りを挙げ、マシンを開発し、LMDhマシンに使われる共通部分の先行開発的な役目を担ってきた。そしてライバルたちがワークス参戦を主とする中、ポルシェは2023年シーズン中盤にプライベーターのJOTAチームとプロトン・コンペティションにもマシンを供給。今年のル・マンは最高峰のハイパーカー・クラスに、合計23台ものマシンがエントリーしたことも話題となったが、そのうちの6台がポルシェ963であったこと、そして各LMDhマシンの共通部分にはトラブルがなく競争力を発揮できたように、シリーズ自体の存続と興隆を下支えするというとても重要な役割を果たしているのである。

◆プライベーターにも供給

以前の919ハイブリッド時代との違いはピットにも見て取れた。919時代はピットのバックヤードはもちろんカウルを外したマシンの撮影も厳禁だったのに、今年は基本的にオープン。驚いたことにピット2階で、さまざまなモニターを行っているコントロールルームまで見学(さすがに写真撮影はNGだったが)させてもらえただけでなく、予備のリア・アクスル、サスペンション、ブレーキなどを用意しているパーツショップには大きな窓がつけられ、なんとピットの外から誰でも見られるようになっていたのだ。

それは機密だらけだった919ハイブリッドとは違い、963がプライベーターにも供給される「販売車両」である何よりの証であるように思えた。実際、ピットの向かいにある部品庫は、プライベーターもサポートするために919時代より大きく、収納しているパーツの数も増えているということだった。フリー走行の2回目、FP2でクラッシュを喫したJOTAの12号車が、モノコック交換の大修理を行いながら決勝のグリッドに間に合い8位完走を果たせたのは、まさにその恩恵といえるだろう。

◆市販車部門がデザインに関与

実はレース後にもう1つ興味深い話を聞いた。それは963の開発にあたり、ポルシェのレーシングカー史上初めて、市販車のデザイン部門が関与してデザインが進められたという話だ。確かにプレスカンファレンスの会場に置いてあった963のショーカーを見ていた時、一本のバーになったテールランプと、その上に立体的なPORSCHEのエンブレムが付いているのを見て、992(ル・マンにはハイブリッドになった911カレラGTSも展示されていた!)と同じだなと思ったのだが、それらのディテールに加え、4灯LEDによるマトリックス・ヘッドライト、917をイメージさせるフェンダーのラインなどは、デザイン部門からのアイデアが採用されたものだそうだ。そう、ポルシェ963は最新のレーシングカーでありながら、ポルシェ最速の市販車両でもあるのだ。

先日、ACO会長が将来的にAsLMS(アジアン・ル・マン・シリーズ)にハイパーカー・クラスを新設する可能性があると明言した際に、ポルシェ・モータースポーツ部門のボス、トーマス・ローデンバッハが「供給する用意はあるが、963のワンメイクになるようであればしない」という内容の発言をしているが、ポルシェはワンメイクとなってしまったグループC、コストの高騰でシリーズの終焉を早めてしまったLMGT1、LMP1-Hの反省を元に、自らシリーズを維持し、盛り上げる役目を買って出ているのではないだろうか? そう思うと、単なるリザルト以上にポルシェ963というマシンの持つ意味、存在感を大きく感じるようになった。

文=藤原よしお 写真=ポルシェ、藤原よしお

(ENGINE WEBオリジナル)