「海水温上昇で和食文化の危機! どれほど大金を積もうが“自然の営み”を買うことはできない」稲垣えみ子

AI要約

元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

海苔を通じて自然とのつながりを感じる日々を送っている稲垣えみ子さん。しかし、最近の海苔の品質低下についてお茶屋のお母さんから警告を受ける。これは自然の気まぐれなのか、それとも人間の活動によるものなのか、深刻な疑問を抱く。

海苔の品質低下が永続的なものであれば、日本の食文化や和食産業にも大きな影響を与える可能性がある。稲垣えみ子さんはこれに関して深刻な危機感を抱いている。

「海水温上昇で和食文化の危機! どれほど大金を積もうが“自然の営み”を買うことはできない」稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 海苔が好物である。特に会社を辞めて家で一汁一菜生活を送るようになってからは、「ご飯を炊く日」の最大の楽しみはもう間違いなく海苔。おひつでほどよく締まったご飯にごま塩をかけ、それを海苔で包んでパクッと口に放り込む瞬間の幸せったら! これほどの完璧な組み合わせは、海に囲まれた島国でご先祖様が築き上げて下さった無形文化遺産以外の何物でもないと、毎度毎度ジーンとする。

 なので海苔はスーパーではなく、近所の昭和なお茶屋で少々高い佐賀県産の海苔を買う。海苔しか買わぬ客ではあるが、逆に海苔は必ずここで買うので店のお母さんとはすっかり馴染みである。

 で、先日も海苔が切れたので店に行き、いつもと同じ10枚入りの包みをと手渡すと、「あの……」と困った顔つき。何かと思えば、お母さん曰く、今年は海苔が不作で品質が落ちていると。「いつも召し上がっているお味とは違うと思います」。海水温が上がってプランクトンが大量発生し、海苔に栄養が行かなかったらしい。

 そうなのか……このところの夏の異常な暑さを考えると、海水温上昇というのは体感的にも納得のいくところだ。誰のせいでもない。

 だが問題は、それが一時的な自然の気まぐれによるものか、それとも人類がもたらした温暖化のせいなのかということである。

 後者であれば事態はあまりにも深刻だ。だってもしそうならば、人類が現在の欲望生活を悔い改めぬ限り、我らはもううまい海苔を食べられる日は来ないのかもってことですよね。ニュースでは「不作で値上げ」などと取り上げる向きが多いようだが、いやいや金の問題じゃないでしょ? どれほど大金を積もうが獲れないものは獲れない。

 自然の営みを金で買えるわけじゃない。ってことは、私の食卓はもちろん、和食文化はどうなるのか。だって海苔ですよ海苔。寿司はどうなる? 日本ってものの重要な一部がなくなっちゃうってこと? とめちゃくちゃ危機感を抱いてるのは私だけ?

いながき・えみこ◆1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。著書に『アフロ記者』『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』など。最新刊は『家事か地獄か』(マガジンハウス)。

※AERA 2024年7月8日号