映画「関心領域」 日常生活のなかに潜む「究極の恐怖」を描く

AI要約

2023年のカンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた映画「関心領域」は、ポーランドの強制収容所隣の家族の日常を描いた作品である。

家族の平穏な暮らしを通して、隣地で起きる悲劇がより恐怖を感じさせる。

映像や音を通じて、強制収容所の存在が暗示され、日常が不気味さを帯びる展開が描かれる。

映画「関心領域」 日常生活のなかに潜む「究極の恐怖」を描く

ある意味、ホラー映画より恐怖を感じさせる作品かもしれない。

2023年のカンヌ国際映画祭でグランプリ(最高賞の金獅子賞に次ぐ賞)に輝いた映画「関心領域」。アメリカとイギリスとポーランドの合作映画だが、映画祭ではその衝撃的な内容と斬新な撮影手法がセンセーショナルな話題を巻き起こした。

第二次世界大戦中に、ポーランド南部オシフィエンチム郊外に位置するアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所、その20世紀最大の悲劇の1つが起きた「現場」に隣接する美しい邸宅で、優雅な暮らしを送る家族の日常を淡々と描いた作品だったからだ。

花が植えられ綺麗に整えられた庭のある真新しい邸宅に住むのは、強制収容所の所長一家で、2つの場所を隔てる塀のこちら側では、普通の家族のどこにでもあるような生活が営まれている。そして、もちろんあちら側ではナチスによる大量虐殺が進行しつつあるのだ。

とはいえ、劇中には強制収容所内の描写はほとんど登場しない。ひたすら収容所の隣地に住む所長一家の平穏な暮らしぶりが整然と描き出されていくのである。さながらホームドラマのように進む家族の模様は、それが日常であればあるほど「恐怖」が醸し出されていく。

「関心領域(The Zone of Interest)」とは、強制収容所を取り囲む40平方キロメートルの地域を表わすためにナチス親衛隊が使用した言葉だが、同じくユダヤ人虐殺を「最終的解決 (The Final Solution)」と呼んだように、無機質な言い方のなかに不穏な雰囲気も嗅ぎ取ることができ、この作品にはまさにぴったりのタイトルともなっている。

●確信犯的に固定されたカメラ

晴れた空に鳥の声が聞こえ、眩しい陽の光に輝く水辺。強制収容所の所長であるルドルフ(クリスティアン・フリーデル)とその妻ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)は、子どもたちが水遊びに興じているのを眺めている。幸せそうな家族の長閑なピクニックの様子だ。一家がいかにも堅牢な黒い車に乗り込み自宅へと戻ると、彼らの大きな邸宅と庭には美しい花が咲き誇っていた。

次の日、ルドルフは子どもたちに目隠しをされて家の外へと連れ出される。目隠しを取ると、家族が揃っていて、彼への誕生日プレゼントが用意されている。ルドルフは家族への感謝の言葉を残し仕事場へと向かう。そこは邸宅に隣接する強制収容所だ。子どもたちは学校へと出かけ、妻はガーデニングに勤しんでいる。どこにでもある家族の風景だが、注意深く耳を澄ますと、塀の向こうから銃声や叫び声とも取れるかすかな音が聞こえる。

本作では、このルドルフ一家の暮らしぶりを努めて冷静に描いていくのだが、その背後には強制収容所が存在していることを知らせる「音」や「映像」がさりげなく配されている。この設えがじわじわと「恐怖」を感じさせる遠因ともなっていくのは言うまでもない。

特に、妻のヘートヴィヒが夫と子どもを送り出した後、近所の有閑夫人たちとゆったりとお茶を楽しんだり、世間話で盛り上がったりしているとき、彼女たちが塀の向こうから聞こえてくる音や立ちのぼる煙にまったく反応することがないという場面では、先の「恐怖」は決定的となる。

そしてある日、一家の長であるルドルフは昇進と転属の辞令を受け、妻のヘートヴィヒにそれを伝える。しかし驚くことに彼女は、「この場所での豊かな生活を手放したくない」と夫に単身で赴任するように言い放つのだった。