営業強行で労災、早めの休業で手当発生の恐れ 台風で“計画休業”…注意点は

AI要約

自然災害に備えて事業主が計画的な休業を取ることが重要であり、従業員の安全や労使関係を考慮する必要がある。

災害時の労働組合との協議や従業員代表とのコミュニケーション、休業手当の支給義務など、事前にルールを決めておくことが重要である。

エッセンシャルワーカーなど災害時に働く必要な業界では、臨時の人材確保や保険制度の活用を検討することが不可欠である。

営業強行で労災、早めの休業で手当発生の恐れ 台風で“計画休業”…注意点は

 台風など自然災害の接近に備え、前もって休業する企業が目立つようになった。8月下旬に台風10号が九州に襲来した際は、上陸前の段階で交通機関や小売店が早々に営業休止を発表した。営業を続けることによる事故や顧客への影響、従業員の負担を考慮したとみられる。「計画休業」に当たり、事業主は従業員との関係で何に注意すればいいのか。熊本大の中内哲教授(労働法)に聞いた。

 -自然災害の中でも、台風や豪雨は接近の時期をおおむね予測できる。それで休業しやすいのだろうか。

 「交通事業者の間で『計画運休』という言葉が出始めたのは、2014年の台風接近時からだろう。台風や豪雨の予報が出た際、運行に影響が生じるぎりぎりの段階まで営業して突然止めると、混乱を生む恐れがある。それよりは、事前に取りやめた方が交通事業者側も利用者側も納得しやすい-という判断だったのではないか」

 -事業主と従業員との関係で見ても、同じことが言えるだろうか。

 「交通機関をはじめ、百貨店やスーパーなどの小売店が暴風雨の中で従業員を出勤させ、働かせると生命に関わる。このため労使間でも計画的な休業への理解を得やすい。悪天候のリスクを把握できたのに営業を強行し、従業員が負傷したり亡くなったりすると、労災と認定される可能性がある。労災は通勤時も補償対象になるため注意が必要だ。さらに一定規模以上の事業主は、従業員が労災認定されると労災保険料の負担が増えたり、社会的責任を問われたりしかねない」

 -計画的な休業に備え、企業と社員はどんなことを話し合っておくべきか。

 「会社に労働組合がある場合、雇い主と労組はどんな時に営業を休むかなど、あらかじめおおまかなルールを決めておくのが望ましい。その上で、台風や豪雨が近づいた時にあらためて労使で協議し、休業や再開のタイミングを決める。通常、団体交渉は事前に期日を決めて行うが、災害時は普段と違って臨機応変に実施する必要がある。災害や休業は会社の事業に影響を与えるし、社員の賃金にも関わる。経営側と労組が緊急時でも円滑に話し合える環境をつくっておくことが大事だろう」

 -小規模な小売店など会社に労組がないケースがある。その場合は?

 「事業主は10人以上の従業員を雇用していると、必ず就業規則を作成して労働基準監督署に届け出る必要がある。その作成に当たって事業主は従業員の代表から意見を聞く義務がある。休業の際は、この代表者を話し合いの相手と考えてはどうか。就業規則を作る際の労働者代表でなくても、職場のまとめ役のような社員と相談する方法もある」

 -事業主が計画的な休業を一方的に決めると、どうなるだろうか。

 「例えば天候の状況でまだ営業できるのに、事業主が独断で早めに休業すると、会社側の都合で従業員を休ませたとして労働基準法上の休業手当の支払い義務が生じる可能性がある。大きな災害により事業ができない場合は『会社側の都合』に当たらず、休業手当を支払う必要はないが、事業主がこれを理由に支給を拒むと労基法に抵触する場合があり、天候の状況や休業のタイミングを巡って従業員と訴訟などで争いになる恐れがある。営業休止は経営側の判断が尊重されるだろうが、一方的に決めるとリスクを生むだろう」

 -医療や介護、保育業界など市民生活の維持に欠かせない「エッセンシャルワーカー」は、災害時も仕事をすることが多い。どんな配慮が必要か。

 「該当する業界が働き手の時間外労働の増加や宿泊費用をはじめ、臨時的な人材の確保などに備える仕組みの創設を、保険制度と関連付けて考えてもいいと思う。日本は毎年のように台風や豪雨に襲われ、南海トラフ地震も想定される『災害大国』で、被害が長期化することもある。保険として成立しやすいのではないか。事業主が災害時、保険の補償で大きな打撃を防ぐことができれば、働き手やサービスを受ける側への影響を小さくできる。国や自治体も事業者だけに備えを求めるのではなく、支援を考えるべきだ」

 (編集委員・河野賢治)

 労災は労働者が仕事や通勤で病気やけがをしたり、亡くなったりした際、治療費や休職に伴う賃金の一部、遺族への補償を受けられる制度。保険料は事業主が負担する。休業手当は労災とは別の制度で、会社側が自分の都合で労働者を休ませると支払う義務がある。金額は賃金のおおむね6割以上。「会社側の都合」は、大きな自然災害のような不可抗力による休業を除く全てのケースとされている。