「入道雲のように茶色い塊下ってきた」…南木曽土石流10年、いまも忘れられない恐怖の瞬間

AI要約

2014年7月に長野県南木曽町読書で発生した梨子沢土石流災害から10年が経過。地元住民が恐怖の瞬間を振り返り、証言を行った。

農業山川勝男さんが、自宅で異様な光景を目撃。蛇抜けと呼ばれる土石流が川から流れ下り、周囲の環境を変えた。

災害後の復旧は進んでいるが、地元住民は未だに不安を感じており、警戒心を持ち続けている。

 2014年7月に長野県南木曽町読書(よみかき)で発生し、当時中学1年の男子生徒が亡くなるなどした梨子沢(なしざわ)土石流災害から9日で10年となった。「入道雲のように、茶色い塊が流れ下ってきた」――。地元住民が改めて恐怖の瞬間を思い起こし、証言した。(小野博志)

 証言したのは、梨子沢右岸沿いで一番上流に自宅がある農業山川勝男さん(87)。山川さんはその日、自宅から約200メートルにある農業ハウスでトマトを収穫した。激しい雨がハウスをたたきつけて周囲の音はかき消され、多量の雨水がハウス内に流れ込んできた。周りは水浸しだった。

 軽トラックで家に戻った頃、沢の水はいつもより多いかなと思う程度だったが、風呂から上がり、沢に面した部屋から外を見ると異様な光景が飛び込んできた。「茶色い塊が、逆回転しながら下ってきた」。沢からあふれて高さ3メートルもありそうな塊は、もこもことわき上がる入道雲のようにも見えた。大きな音はしなかったが、塊の中で岩がぶつかっているのか、「ドン、ドン」と地面が鈍く揺れる感覚もあった。

 「これは蛇抜(じゃぬ)けだ」――。地元では古くから土石流をそう呼び恐れてきた。直感した目の前で、対岸の土手に植えられた桜の木が根こそぎに、電柱も浮き上がるようにして巻き込まれ、電線から火花が散った。「おっかなくて、『あーっ』と思っているうちだった」

 自身や家族は無事だったが、家は玄関先まで泥まみれとなり、敷地内の車庫には流れてきた丸太が突き刺さった。車で近くの寺に避難した際は、まさか数十メートル先の下流で人が土石流に巻き込まれたとは思わなかった。「いつも通りかかれば、にぎやかな子どもの声が聞こえていた」と振り返り、中学生が亡くなったことに、「とにかく驚いた」と言う。

 土石流災害を受け、砂防堰堤(えんてい)の新設や復旧が完了したが、不安は尽きない。強い雨が降り、上流から石が川底を転がってくるとカタン、カタンと音がする。「これだけ立派なもの(堰堤)ができて、恐らく(土石流は)来ないと思っている。でもおっかない。そういう心配はいつも持っている」。警戒心は今なお解けずにいる。

 ◆梨子沢土石流災害=2014年7月9日午後5時40分、台風8号の接近に伴う局地的な大雨により発生。木曽川に注ぐ手前で氾濫し、自宅にいた中学1年の榑沼(くれぬま)海斗さんが巻き込まれ死亡し、3人が負傷した。全壊16棟を含め建物被害は43棟に及び、JR中央線は約1か月にわたり不通となった。国、県、町による災害復旧工事は砂防堰堤新設や道路復旧などに約50億円が投じられ、17年6月に完了した。