「開かずの踏切の死亡事故」の責任は誰にあるのか…「ペナルティを与えればミスは起きない」が大間違いなワケ
ヒューマンエラーを減らすために罰則を設けるだけでは効果が限定される
開かずの踏切事故の例を通じて、保安係と通行者の間での板挟み状況を示唆
ルール違反をしてでも通行者の利便性を考慮する状況が事故の背景にあった
「間違い」を減らすには、どうすればいいのか。北九州市立大学の松尾太加志特任教授は「『ミスを減らすために罰則を設ける』は効果的とは限らない。むしろ罰則はミスの抑止より、隠蔽を生んでしまうことがある」という――。
※本稿は、松尾太加志『間違い学 「ゼロリスク」と「レジリエンス」』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■「罰則を設ければミスはなくなる」ほど単純ではない
エラーを防止する際に安易に考えやすいのは、人間が引き起こした失敗なのだから、人間を何とかすればよいのではということである。ヒューマンエラーは本来であればできたはずなのにできなかったのだから、人間が悪いんだというわけである。
その結果、ヒューマンエラーを起こした人にペナルティを与えるようにすればいいのではないかと考えてしまう。ペナルティがあることがわかっていれば、それが抑止力になって気をつけるから、エラーがなくなるのではないか。
残念ながら、そんなに単純なものではない。人間を悪者にした対策では何も解決しないのである。
■「開かずの踏切」の遮断機を上げた保安係
【事例】遮断機を上げざるをえなかった開かずの踏切の事故
2005年に起こった踏切事故の例である。踏切の保安係が列車が接近しているのに遮断機を上げてしまい、通行した人が亡くなった事故があった。現在のほとんどの踏切の遮断機は列車の接近に伴い自動で上げ下げされるが、当時は保安係という人が遮断機を操作している所があった。といっても、目視で列車の接近を確認していたわけではなく、列車の接近情報は機器上に表示されるため、それに応じて操作することになる。
これだけだと保安係が遮断機を上げてしまったことが問題のように思えるが、その背景要因を考えると、彼だけを責めるわけにはいかない事情があった。
■「ルール違反」を犯した運用で通行待ちを緩和
この踏切は開かずの踏切だった。列車が通過して遮断機が上がると思ったら、すぐに反対方向から列車が来てしまい、遮断機が下がったままで次の列車の通過を待たないといけなくなり、その繰り返しが続く。
この踏切は上下合わせて5本の線路があった上に、すぐ近くに駅があったため、いつまでたっても遮断機が上がってくれない。ただ、列車が通過後反対側からの列車が来るまでの間には、待っている人間の感覚では意外に時間があり、この間に遮断機が上がらないのかと通行待ちの人は思ってしまう。
安全上それはできないのだろう。事故が起こったこの踏切には早上げ防止鎖錠装置というのがついていて、通過後早く遮断機を上げてしまわないようにロックがかかるしくみになっていた。
しかし、そのしくみをそのまま運用してしまうと、いつまでたっても通行できない。そこで、保安係がロックを解除して遮断機を上げるようにしていた。もちろんこれは業務上はルール違反である。
保安係は、列車接近が列車接近表示灯により確認できるので、通行者の利便を考えてタイミングを見計らって、遮断機を上げていたようだ。それは通行者と保安係の暗黙の了解であったのだろう。
■「業務」と「通行者」との板挟み
朝夕のラッシュ時には列車の本数も多くなる。開かずの踏切になってしまうと長時間待たされる。事故は夕方の午後5時近くの時間帯であった。保安係は、下りの準急が通り過ぎたら、次の下りまで1分半時間があるから、その間に遮断機を上げれば通行できると考えた。ところが、このとき、上りの準急が来ることを確認していなかった。列車接近表示灯の確認をせず、ロックを解除し、遮断機を上げてしまった。
そこに上りの準急が入ってきた。電車は急ブレーキをかけたが間に合わなかった。2人が負傷し、2人が亡くなった。
問題なのは開かずの踏切になってしまったことである。保安係は決められた通りに作業を行えばいいはずだが、その通りにやっていたら、いつまでたっても通行者は渡れない。そうすると、遮断機を上げてくれと詰め寄ってくる通行者もいるだろう。
事故報告書でもそのような事情は説明されていた。「通行者からのプレッシャーを感じることもあった」と記されていた。業務として決められた通りにやらないといけないが、一方で通行者も通してあげなければならない。その板挟みになっていたのだ。そこをうまく調整するにはルール違反をするしかなかったのである。