政府の賃金上昇の価格転嫁支援は理解できない、なぜ「スタグフレーション」を進めるのか

AI要約

日本の経済は、実質賃金が下落し続ける一方で物価が上昇しており、この状況がスタグフレーションを引き起こしている可能性がある。

一部の見方では、賃金と物価の上昇によって新たな好循環が生まれつつあり、日本経済は新しい局面に入っているとの評価もある。

実質賃金の長期的な下落トレンドを考えると、一時的なプラス成長だけでなく、持続的な変化が必要である。

政府の賃金上昇の価格転嫁支援は理解できない、なぜ「スタグフレーション」を進めるのか

● 物価上昇でも24年1~3月期成長率はマイナス スタグフレーションなのか、物価と賃金の好循環なのか?

 先日、公表された2024年3月の実質賃金の対前年同月上昇率はマイナス2.5%だった(厚生労働省「毎月勤労統計調査速報」、従業員5人以上の事業所)。減少は24カ月連続で過去最長だった。

 一方で消費者物価上昇率(除く生鮮食品)は23年度平均で2.8%、歴史的なインフレが収まらないために、賃金を引き上げても物価上昇に追いつかないのだ。

 実質賃金が下落しているため消費が増えず、その結果、実質GDP成長率がマイナスになっている。内閣府が5月16日に発表した24年1~3月期の1次速報では、実質GDP成長率は前期比0.5%減(年率換算で2.0%減)だった。

 個人消費は前期比0.7%減で4四半期連続のマイナス。4四半期連続の減少は、リーマンショックのあった09年1~3月期以来だ。

 物価が上昇して経済成長率がマイナスになっているのだから、これはスタグフレーションだ。つまり日本経済は深刻な事態に陥っていることになる。

 ところが、現在の日本経済について、これとは全く正反対の評価もある。物価と賃金が上昇しているので、「物価と賃金の好循環」が実現しつつあるとの見方だ。日本銀行はこの立場で、好循環が確認されることを前提に金融正常化を進めるとしている。

 スタグフレーションだとする見方が正しいのか、あるいは、日本経済は新しい局面に入るという見方が正しいのか?

● 実質賃金、今夏にプラス化でも 90年代の中頃以降、傾向的に下落

 日本経済の今後については、さらに積極的な見方もある。今年の春闘での賃上げ率が高かったため、名目賃金の伸び率が4月以降は高まる。そのため、実質賃金の上昇率も今年の夏ごろにはプラスになり、日本経済はこれまでとは別の新しい局面に入るのだという。

 物価・賃金の上昇メカニズムの議論をするに先立って、まず注意すべき第1点は、実質賃金下落はこの2年間だけの問題ではなく、長期的な問題であることだ

 図表1に見られるように、実質賃金指数は1996年をピークとして、その後、傾向としては継続して下落している。

 年ベースでいうと、対前年上昇率がプラスになったことも2000年以降で6回あった。過去10年間を見ても、16年、18年、21年がプラスだ。ただし、それらは例外であって、傾向としては下落が続いていたのだ(なお、21年に伸び率がプラスになったのは。コロナ禍による落ち込みからの回復という特殊要因によるものだ)。

 月次ベースでいえば、対前年上昇率がプラスになることは2000年以降、何度もあった。重要なのは個々の年や月の状況ではなく、下落傾向が続いていることなのだ。

 だから、仮に今年の夏ごろから実質賃金の対前年上昇率がプラスになったとしても、それが長期に続く傾向的な変化にならなければ、意味がない。

 数カ月だけプラスになっても、それだけでは実質賃金が下落を続けている状況を変えることにはならない。それは、日本経済の構造が変わったことを意味するものではないのだ。

 真の問題は、ある月の上昇率がプラスになるかどうかではなく、賃金と物価の上昇をもたらすメカニズムだ。これまで実質下落をもたらしてきたメカニズムが、いま変わりつつあるのかどうかだ。