【異常】インフレなのに、なぜ「コメ」長期的に値下がり?日本の農業の「構造的問題」

AI要約

日本の農業が直面している最大の課題は、物価の上昇に農産物価格の追いつかないことである。

農業物価指数の上昇率は食品を下回るものの、コメの価格は異常なまでに下がっている。

農家の農業所得が低下し、不確かな経営意識や価格転嫁の難しさが問題になっている。

【異常】インフレなのに、なぜ「コメ」長期的に値下がり?日本の農業の「構造的問題」

 日本の農業の最も差し迫った課題は、農家が減ることでも、高齢化することでもない。物価の上昇に農産物価格の上昇が追い付かないことだ。実際、「食料インフレ」と言われさまざまな食品が値上げされる中、コメは異常なまでに値下がっている。現在は秋の収穫を前にした端境期(古米が新米に入れ替わる時期)のため、一時的に値上がりしているが、新米の出来次第では再び下がるだろうし、仮に値上げが維持されたとしても長続きはしないだろう。背景には、日本の農業における構造上の問題がある。また、日本は農家が高齢を理由に一斉に廃業する「大量離農時代」に突入している。このような状況はアジアの発展途上国と似通っている。日本の農業は大丈夫なのだろうか。

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 ここ3年、食品の値上げが続いている。

 総務省は、2020年の価格を100とした場合に、現在の価格がいくらになるかを「消費者物価指数」として公表している。それによると、24年5月に食品は116.8だった。4年で価格が16.8%上昇したわけだ。

 農林水産省は、農業版の消費者物価指数といえる「農業物価指数」を公表している。やはり20年を基準として、現在の農産物や資材の価格がいくらになるのか算出したものだ。

 それによると、24年5月に農産物価格指数は115.1だった。上昇率は食品をやや下回る程度ながら、品目別の落差が大きい(下図参照)。

 コメは94.2で、かえって5.8%値下がりしている。

 種や苗、農薬、肥料、燃油、段ボール、農機具といった必要な資材(農業生産資材)の物価指数は120で、2割上がっている。必要経費が人件費も含めて上がる中で、コメの値下がりは異常である。

 コメは、農家の7割が生産し、最も多くの農業産出額を稼ぎ出す作物である。それだけ農業に占める重要度の高いコメが、1人負けの様相を呈している。

 統計で見ると、平均的なコメ農家は、まったくもうかっていない。21、22年ともにその農業所得は、わずか1万円にすぎない。

 1経営体の平均的な面積は、約2.5ヘクタール。1ヘクタールはだいたい学校の運動場くらい。運動場2.5枚分を耕してこれでは、当然ながら食べていけない。それでも生計が成り立つのは、年金や兼業先の会社の給与といった農業の外から得たお金を、もうからない稲作につぎ込むからだ。

 そもそも、コメに限らない農家の世帯員1人当たりの農業所得は長年、年間40万円を下回ってきた。農業所得を労働時間で割って時給に換算したら、最低賃金を下回ってしまう。

 農家のほとんどは家族経営で、経営としての農業と生活の境目があいまいになっている。労働基準法は、同居する親族だけを労働力とする家族経営には、適用されない。だから、労働に対する報酬をじゅうぶん確保できなくても、経営を続けるということが許されてしまう。

 いま、農政のキーワードの最たるものは「食糧安全保障」と「価格転嫁」だ。価格転嫁ができないのは、農産物が安く買いたたかれるからでもあるが、農家に経営の意識が希薄で、安値を受け入れてしまうからでもある。零細な経営が多く、価格交渉力を持ちにくいという問題点もある。

 そうした農家を束ねる存在である農業団体のJAには、交渉力を発揮することが期待されている。JAグループを代表する全国農業協同組合中央会(JA全中)は、適正な価格形成に向けた速やかな法制化を国に求めている。裏を返すと、農家が望む値上げを実現できているところは限られるということだ。

 農業が価格転嫁ができない産業になっていることは、周りから強いられたというよりも、業界としてそういう状態を甘んじて受け入れてきたといえる。