中国とロシア 複雑な「兄弟」 中央アジア舞台の「グレートゲーム」

AI要約

習近平国家主席とプーチン大統領の特別な親密さを考察し、両者が40回以上の首脳会談を行い、エプロンを着用して料理をするなどの親交を深めている点を強調。

中露の結び付きが日増しに強まる中、習氏がカスピ海ルートの整備でロシアを一歩置いた動きを見せ、一帯一路を含む世界戦略に焦点を当てる。

大国同士の経済回廊の確保が国際社会の亀裂を浮き彫りにするなか、中小国も戦略的な立ち回りで発展の機会を模索している様子を描写。

中国とロシア 複雑な「兄弟」 中央アジア舞台の「グレートゲーム」

 「ロシア人と中国人は永遠の兄弟」。75年前の中華人民共和国建国を祝い、ソ連で作られた歌の一節だ。今でも中露友好を強調するために、よく用いられるが、では、どちらが兄で、弟か。対米共闘の絆が結ぶ関係は複雑さを増す。

 「打算的な結婚」とも形容される中露だが、絶大な権力を握るトップ同士の特別な親密さを考えれば、政治、経済、軍事に広がる協力を過小評価はできない。

 習近平国家主席とプーチン大統領は共に71歳。両者の首脳会談は40回を超え、誕生日をケーキで祝ったり、そろいのエプロンで料理を作ったりもした。2人の気が合えばこそ、こうした「蜜月」演出がお膳立てできるのだろう。

 政治家としても「兄弟」のように似たところがある。憲法を改正してまで自らの任期を延長し「終身化」がささやかれる。西側への被害者意識が強く、大国の復活を掲げて国内で求心力を高めてきた。

 ◇変わる力関係 トップの本音は?

 国家元首としてはプーチン氏が先輩であり、ロシアはソ連時代から中国の「兄」として振る舞ってきた。だが、現在の国力からすれば、中国の国際的影響力がロシアを大きくしのぐことは明らかだ。

 プーチン氏が「勢力圏」と見なす旧ソ連諸国でも、中国の存在感が高まっている。報道によると、中露が近接する中央アジア5カ国の国別貿易総額を積み重ねると、今や中国がロシアを上回る。しかも、ロシアのウクライナ侵攻後、この地域でのプーチン氏の威光に曇りが生じている。

 ロシアの「裏庭」を侵食するような中国の動きを、プーチン氏はどう見るのか。

 不快に感じているとしても、当のロシアが制裁下で中国経済を命綱とする状況だ。むしろ対中依存を深める抱きつき戦略で、習指導部を自らの戦争に巻き込む計算を働かせているようにも見える。

 対する習氏の視線の先にあるのは、あくまで米国との頂上決戦である。歴史的に中国国内には、ロシアが油断ならない相手という見方が根強い。習指導部もウクライナ侵攻で「中立」の立場を強調し、露朝の連携に距離を置くなどリスク管理に腐心している。

 7月上旬、習氏とプーチン氏は国際会議に出席するためそろって中央アジアのカザフスタンを訪問したが、そこで興味深い出来事があった。

 ◇握手しながら「ロシア外し」の一手

 現地で会談した2人が「史上最高の関係」を強調したその同じ日に、習氏はカザフスタンのトカエフ大統領とも会談して、国際輸送路「カスピ海ルート」の整備で合意した。

 「中央回廊」とも呼ばれるこのルートは中国、カザフスタンからカスピ海を渡り欧州に至る。その最大の特徴は「ロシアを通らない」ことだ。

 習氏はプーチン氏と笑顔で握手しながら、もう一方の手ではロシア外しとも取れる動きをしていたことになる。

 その思惑を読み解く鍵は、習氏の世界戦略を支える経済圏構想「一帯一路」にある。

 古代シルクロードの現代版である一帯一路において、ユーラシア大陸を横断して中国と欧州を結ぶ定期貨物列車「中欧班列」は旗艦プロジェクトと位置づけられている。米国をにらみ、欧州との結びつきを深める経済回廊の確保は重要度を増していた。

 ところが、ロシアのウクライナ侵攻によって中欧班列は変質を余儀なくされた。対露制裁の影響で、主力であるロシア経由の列車を欧州企業が利用しなくなり、逆にロシア向け貨物が急増。今やその実態は「中露」班列と化す。

 ロシアにとっては救いの神だが、中国には大きな誤算であり、代替路線を開拓する必要性に迫られた。そこで浮上したのがカスピ海ルートだ。昨年10月に北京市で開かれた一帯一路の国際会議で、習氏は今後の重点事業として真っ先にその名を挙げていた。

 7月末、私は中欧班列の発着拠点の一つ、内陸部の陝西省西安市を訪ねてみた。

 「カスピ海ルートの列車は当初は月1、2便でしたが、今年は週5便に増え、これから1日1便の運行が可能になります」。市郊外にある広大な国際物流区の袁小軍・総経理がそう強調した。

 袁氏を取材した場所は2月に完成したカザフスタン向け物流ターミナル。そこで中欧班列への積み込みを待つ多数のコンテナの中身は、中国製の新エネルギー車だった。

 シルクロードの発着点、長安として栄えた西安市は現在、中央アジアへの物流拠点として注目を集めている。昨年5月には習氏がこの地に中央アジア5カ国の首脳を招き、大々的に会議を開いた。

 ◇カスピ海ルートの「呉越同舟」

 中央アジアに秋波を送るのは中国ばかりではない。欧州連合(EU)もカスピ海ルートへの100億ユーロ(約1兆6000億円)の投資を表明した。ロシアのウクライナ侵攻以降、欧米は中央アジア5カ国との首脳会議を相次いで開催し、日本も連携を強化しようとしている。

 現状のカスピ海ルートはインフラ面の課題が多く、その輸送量はロシア経由の1%程度にとどまるとのデータがある。それでも中国と日米欧が「呉越同舟」とばかりに関与を深めるのは、その戦略的価値を認めているからだろう。

 こうした動きに、ロシアも手をこまねいているわけではない。大陸を南北に縦断するようにロシアを起点にカスピ海を経てイラン、インドを結ぶ輸送路を整備し、制裁の抜け穴を広げようとしている。

 大国が自らに有利な経済回廊の確保に力を注ぐのは、国際社会の亀裂が深まる証しと言える。そうした思惑のはざまで、中小の国々もまた、発展のチャンスを手にしようとしたたかに立ち回っている。

 かつて中央アジアを舞台に大英帝国とロシア帝国が繰り広げた勢力争いは「グレートゲーム」と呼ばれた。そして今、再びこの地で火花を散らす国家間の駆け引きは、激動する世界の縮図に見える。【中国総局長・河津啓介】