「丸田、ちょっといいか」慶應・丸田湊斗のバッティングを「別人」にした、森林貴彦監督からのアドバイス

AI要約

慶應高校が107年ぶり2度目の全国高校野球優勝を果たした際の主役、丸田湊斗の軌跡。初回先頭打者ホームランを放ち注目を浴びたその姿から始まり、チームへの貢献や苦難を乗り越えた過程を通して、伝説の夏を振り返る。

レギュラー定着を目指すもののケガに見舞われ、リハビリからの復帰。スピードを活かした盗塁やバッティングでチームをけん引し、チームの原動力となった苦難を振り返る。

当時は他の選手に比べて注目されることが少なかったが、清原和博氏の次男・勝児と共に選抜大会へ出場。自らに課した課題と向き合い、チームの一員として成長を遂げる過程を述べる。

「丸田、ちょっといいか」慶應・丸田湊斗のバッティングを「別人」にした、森林貴彦監督からのアドバイス

昨夏の第105回全国高校野球選手権大会で、107年ぶり2度目の優勝を果たした慶應高校。不動の1番バッターとして快挙に貢献したのが、慶應義塾大学の丸田湊斗(1年)だ。仙台育英高校との決勝で、史上初となる初回先頭打者ホームランを放った姿は記憶に新しい。栄冠までの道のりを丸田に聞いた。

「あの夏」の歓喜からもうすぐ1年。丸田は静かに振り返る。

「一生の思い出ですね。全国制覇は自分たちの功績だと思ってます。でも、それを自信の根拠にはしたくない。思い出くらいにとどめておきたいです」

丸田たちの代が新チームを結成した時、旧チームからのレギュラーはショートの八木陽(現・慶應義塾大1年)だけだった。未知数だったことに加え、期待されていた1学年上の代に比べると、評価は少し低かったようだ。そのチームが春夏連続で甲子園に出場し、夏は優勝を遂げた。改めて高校生の可能性は計り知れない。

丸田は新チームでレギュラー定着を目指した。2年春からベンチ入りしたが、この年の夏までは外野手の控えだった。新チームで定位置を手中にしてすぐ、アクシデントに見舞われた。8月の合宿最終日に大きなケガをしてしまったのだ。

「スライディングで左足の内側側副靭帯(じんたい)を損傷したんです。なんとか手術は免れましたが、そこからはリハビリの毎日。秋の大会に向けた練習試合にも出られませんでした。これほどの大きなケガは初めてだったので、ショックでしたね」

秋の神奈川大会から復帰したが、足からのスライディングはできなかった。「確か、全てヘッスラ(頭から)でした」。それでも秋の公式戦、出場した8試合でチーム最多となる6盗塁をマーク。練習試合を含めた秋の26試合では14の盗塁を成功させた。左足をかばいながらも、持ち味のスピードを発揮し、関東大会ベスト4進出の原動力となった。

バッティングでも公式戦で打率3割をマークしたが、本人にとっては満足いかなかったという。チーム打率が3割9分3厘だったのもあり、「1番打者としてもっと率を上げないと、と思ってました」と回想する。

丸田はこの時点で、チームの中でも特別な存在ではなかった。5年ぶり10回目となる選抜大会への出場は決まったが、クローズアップされていたのは清原和博氏の次男・勝児だった。清原は秋の公式戦で打率4割、14打点を挙げていた。