脳梗塞で倒れた夫のため、自宅介護ができるよう分譲団地を改装。自分も脳梗塞、乳がんと診断されながら、声楽家の活動は続けて

AI要約

声楽家の服部雅子さんは、74歳。夫を介護し、自宅での看病に貢献した経験を持つ。夫が亡くなるまでの苦労や介護の工夫、感謝の気持ちなどを明かしている。

夫の健康状態や病院での経過など、夫との関わりや向き合い方に焦点を当てながら、服部さんが日々前向きに取り組んできた姿勢を伝えている。

自宅リフォームや介護の工夫、専門家への感謝など、服部さんの人生における試練や喜びが詳細に述べられている。

脳梗塞で倒れた夫のため、自宅介護ができるよう分譲団地を改装。自分も脳梗塞、乳がんと診断されながら、声楽家の活動は続けて

年齢に関係なく好奇心旺盛で前向きな人は、どんな日々を送っているのだろうか。そのヒントを探るため、手作り作品や音楽に情熱を傾けるおふたりに話を聞いた(撮影=藤澤靖子)

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前編よりつづく

◆夫のために大改装

声楽家として活動している服部雅子さんは、74歳。3人の息子は独立し、9年前に夫を介護の末に見送った。現在は東京近郊の団地で一人住まいだ。

社会学者の夫は55歳のときに心臓病で倒れた。60歳のとき、がんの手術を受けたところ、入院中に脳梗塞を起こし重篤な後遺症が残った。1年半入院していたが、長期療養型病院への転院を勧められる。

「でも私は嫌だと言ったんです。回復の見込みはゼロじゃないと思ったから。なんというか私、根が能天気で楽天家なんですね(笑)」

そこで病院と交渉を重ね、脳卒中のリハビリテーション科が充実している静岡県の病院を紹介してもらうことに。服部さんも浜松にマンションを借り、東京の自宅と車で往復しながら看病にあたった。しかしその病院にも長くはいられず……。

「主治医から、『自宅でご主人を看ることはできますか。可能なら準備のために1ヵ月入院を延ばしましょう』と提案されて。不安でしたが、自分の限界の〈ちょっと上〉まで頑張ってみようと思ったんです。何とかなりそうならやってみるのが私の性分ですので」

自宅は、結婚の際に購入した分譲団地。介護しやすいよう改装することに決めた。

「24時間介護となるため、まず考えたのは、部屋を《病室》にするということ。訪問看護師や理学療法士など、朝から晩まで人の出入りがあるので、壁を取り払って広くしたリビングの真ん中に医療用ベッドや吸引装置を置きました。夫が咳き込んだら、すぐに手当てしなければならない。私のベッドは、押し入れを取り払った場所に置き、横になっても夫の顔が見えるようにしました」

リフォーム工事は、ケアマネジャーや業者と相談しながら進めた。タンスや大きな家具を処分して作りつけの壁面収納に。さらに段差を解消し、バリアフリーを実現した。車椅子移動のために、トイレ、洗面所、脱衣所の壁をなくし、便座の向きも90度回転させた。

ほかにも不要なものは処分。もともと夫の研究のため韓国やアメリカへ引っ越すたびに、持ち物は減らしてきた。

「自宅介護は大変でした。でも、たとえば尿瓶代わりにペットボトルを利用するとか、夫も私もラクになるよう、自分で考えて工夫するのが日々の張り合いになっていた気がします。夫は、ここで6年半過ごして亡くなりました」

介護、医療、リハビリで支えてくれた専門家たちには感謝してもしきれない、と服部さん。

「思い返せば悲しいこともつらいこともいっぱいありました。でも、何よりありがたかったのは、夫が笑顔でいてくれたこと。いまは、私ができることはやり尽くしたという気持ちです」