汐見夏衛さん「さよならごはんを明日も君と」インタビュー 食べることは生きること。いつか前を向けるように

AI要約

汐見夏衛さんが食をテーマにした新刊『さよならごはんを明日も君と』について語る。

学生時代からの食生活の変化や食への関心、子供の食事に対する考えを踏まえて作品を執筆。

作中では食の大切さや喜び、食事の温かさをテーマに、温かい存在である朝日を設定。

汐見夏衛さん「さよならごはんを明日も君と」インタビュー 食べることは生きること。いつか前を向けるように

 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が昨年に実写映画化され大ヒットした作家の汐見夏衛さん。昨年8月に発売した『さよならごはんを今夜も君と』の続編となる『さよならごはんを明日も君と』(いずれも幻冬舎)が5月22日に刊行されます。ワンコインで食べられる夜食専門店「お夜食処あさひ」を舞台に、「食べること」に対して様々な思いや悩みを抱える若者の日常を綴った物語です。「生きることは食べること、食べることは生きること」と語る汐見さんに聞きました。

――これまで、若い世代の恋愛や青春ものを多く描いていますが、「食」をテーマにした作品を書こうと思った理由はどんなことだったのですか?

 私自身、食べることが好きで「美味しいものがあれば頑張れる!」というタイプなのですが、学生の頃は「食」への関心があまりなくて、親が出してくれたものをただ食べるだけ。大学生になって一人暮らしを始めてからも適当な食生活を続けていて、体調を崩しやすくなってしまい「食は健康に生きることと直結しているんだな」と実感したんです。

 以前教員をしていた頃、コンビニでごはんを買ってくる生徒がいたのですが、おにぎりやパンではなく、「じゃがりこ」とハムを「ごはん」にしていたのには驚きました。食事へのこだわりがあまりない10代ならではだと思うし、そういう日がたまにはいいけど、毎日だと身体によくないですよね。私は小説を書く時、10代の人が読むことをなんとなく想定しているのですが、その子たちが大人になってから「あんな本があったな」と思い出してもらえる作品にしたいという思いもあって、食べることの大切さをメインに据えて書きました。

――本作の主人公の一人で「お夜食処あさひ」の店主が「食の大切さ」を教える場面もよく登場します。

 きっかけになったのが、子どもを幼稚園のお迎えに行った時に「オムライス」と書かれた看板を見かけて、「オムライス食べたい!」って言われたんです。でも、今日のごはんの準備はもうしてあるし、1週間分の献立を決めて用意しているからそれを崩したくなくて「また今度作ってあげるから、今日は家で食べよう」と言ってその時は帰ったんですけど、何日か後に、子どもが半泣きしながら「オムライス……」って言ってきて(苦笑)。

 その時、この子にとっては「私が食べていいよ」と言ったものしか食べられないんだなということに気がついたんです。もう少し成長したら、友達と出かけたり自分の好きなものを食べるようになったりすると思うんですけど、今は外食するにせよ家で食べるにせよ、基本的には全部、親の私が決めたものを食べています。親がそれだけ子どもの食生活を左右していること、そして子どもにとっては親が全てで、親が決めたものしか口にできない苦しみみたいなものを、私たち親世代は忘れちゃいけないという自戒を込めています。

――作品全体のテーマとしては、どんな事を考えましたか?

 作中でも「生きることは食べること、食べることは生きること」と書いているのですが、食べることをないがしろにするのは、生きることそのものをないがしろにすることにつながるんだよということですかね。本来、食事の場は温かくて楽しいもので、食べることは喜びであってほしいけれど、そうじゃない人ももちろんいます。食べ物を前にした時に、みんなが幸せな気持ちになれるようなものであってほしいという思いをテーマにして書きました。

――プロローグでは、朝日のモノローグから始まります。朝日というキャラクターを主軸にしたのはどんなことですか?

 お客さんを包み込んでくれる人柄で、明日からの活力になるような料理を作り、それを食べたら元気にお店を出ていけるといった、お店とセットで温かい存在になる人物を考えていました。そこからさらに深めて、朝日自身が食べることに苦しんだ過去があって、そういう子供が大人になった時に、決して相手を否定せず、押し付けがましくない形で温かく寄り添える人にしたいなと思いました。

――私はもう少し居酒屋っぽいお店を想像していましたが、汐見さんは「お夜食処あさひ」をどんなお店にしたかったのでしょうか。

 私も最初は居酒屋のような、もしくはオシャレなカフェっぽいお店を考えていたんです。でも、人って気持ちが滅入っている時、そういうお店には入りづらいじゃないですか。お店側の圧があまりない方が、疲れている時にふらっと入れるかなと思って、シンプルで素っ気ないけど、誰かの家みたいな温かさがあるお店をイメージしました。

―― 作中に出てくる料理も、おにぎりやみそ汁(落とし卵入り!)、ポトフにカレーといった比較的簡単な家庭料理が多いですよね。

 私自身、あまり料理が得意ではなく面倒くさがりなので、なるべく家の食事は簡単に作りたいんです。なので、いつも自分が作っているような簡単な家庭料理や時短料理を選びました。あとは、学生さんや一人暮らしを始めたばかりの人が「これなら簡単にできそうだから作ってみようかな」とか、忙しくて料理にあまり手をかけられない時に「これぐらいなら今の気力でなんとか作れそう」と思ってもらえるように工夫しました。そういったメニューや食事の場面を描いていると、朝日さんから「手の込んだ料理だけが心を楽にしてくれるわけじゃないですよね」と話しかけられているような気持ちになったし、私も「じゃがりこ」に救われる時もありますから(笑)。