腕力をまったく使わない身体介助。適切なほうへ「崩す」だけ──その「たった1つの原理」とは

AI要約

要介護のお年寄りの介護には、力がいらない介助技術を活用する必要がある。

介助者は利用者の倒れる方向を把握し、その方向に頭を動かすようサポートすることで転倒を予防できる。

介助者は「崩し」の発想を取り入れ、利用者の体勢を崩して介助することで効果的なサポートが可能となる。

腕力をまったく使わない身体介助。適切なほうへ「崩す」だけ──その「たった1つの原理」とは

立つ、歩く、座る、など日常動作でサポートが必要なお年寄り(利用者)の介護をするには身体介助が必要だ。介護に詳しくない人ほど「介助には強い腕力が必要だ」と誤解していたりするが、それはまったく事実に反することをご存じだろうか。人体とその動きの原理を上手に応用した「力がいらない」介助技術を『写真と動画でわかる! 埼玉医大式 力がいらない介助技術大全』よりご紹介しよう。

介護をしている人、あるいはこれから介護が始まるという人に、なによりもまず覚えてほしいのは、「人の倒れる方向」です。実は、どんな人も、いくつかの限られた方向にしか倒れません。下の図を見てください。

人が倒れやすいのは、6つの赤い矢印の方向です。とくに、足の前と後ろにある赤い正三角形の頂点の位置、すなわち赤い丸で囲んだ(1)か(2)のところまで頭が出てしまうと、必ず倒れます。

要介護の高齢者も、手術を受けたばかりの患者さんも、健康な人も、このパターンは変わりません。片麻痺の人でも、麻痺がない側(健側/けんそく)であればある程度は踏ん張れるので、倒れにくいのです。

ということは、あらかじめ利用者の頭の動きに注目しておき、頭が動くほうへ先回りして支えれば、転倒は予防できることになります。

この「人が倒れる方向」をうまく利用するのが介助のポイントです。

たとえば、椅子に座っている人の体を、(1)の方向(真正面)へと傾けさせれば、倒れまいと脚に力が入るので自然に体が立ち上がってきます。その動きに合わせて介助者が体を支えれば、立ち上がり介助ができます。

逆に、ちょうどいい位置に椅子を用意して、介助者が支えながら(2)の方向(真後ろ)へとバランスを崩せば、着座してもらうことができます。

相手の体のバランスを崩し、介助者がスピードと方向をコントロールしつつ、支えながら倒れやすいほうへ誘導すれば、それが介助になるわけです。言い換えると「人を倒すことができれば、起こすこともできる」のです。

このような発想は、実は武道の世界ではよく見られるものです。相手の体勢を不安定にしたうえで技をかける「崩し」という技術があります。根底にある発想は、その「崩し」と同じなのです。

ところが私たちは、わざわざ教えてもらわなくても、日常生活のなかで自然にこの「崩し」を行っています。

たとえば、椅子から立ち上がるとき、私たちは頭を前に倒してからお尻をあげ、膝を伸ばして立つはずです。つまり、おじぎをするように前方へ頭を倒してから立ち上がっているはずです。

同じ動きを介助によって再現すれば、下のイラストのように利用者に立ち上がってもらうことができます。

私が創った介助技術は、このような自然な動作を再現し利用した介助なので、介助者にも、利用者にとっても楽なのです。また、必要な力もごくわずかです。むしろ力むと失敗するので、介助者は「力を入れない」ように注意せねばなりません。