母親から人格の否定、激しい体罰、5~6歳から希死念慮…「解離性同一性障害」を治す「驚きの方法」
トラウマの重要性と治療法についての新書を紹介
TS自我状態療法のケーススタディーの実例解説
治療過程や結果について詳細な説明
あなたは本当にトラウマのことを知っていますか?
自然に治癒することはなく、一生強い「毒性」を放ち、心身を蝕み続けるトラウマ。
講談社現代新書の新刊・杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』では、発達障害と複雑性PTSDの第一人者である著者が、「心の複雑骨折」をトラウマを癒やす、安全かつ高い治療効果を持つ画期的な治療法を解説します。
本記事では〈記憶がないところで「別人格」が大暴れすることも…こころの中の「別人格」への治療はどう行うのか〉にひきつづき、TS自我状態療法のケーススタディーをくわしくみていきます。
※本記事は杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』より抜粋・編集したものです。
以上説明した概要だけでは分かりにくいと思うので、事例を用いて、実際の進め方をなぞってみます。
メグさんという30代の女性です。母親からは人格の否定に近い言葉を投げつけられ、激しい体罰も受けて育ち、実に5~6歳から希死念慮(漠然と死を願う状態)があったといいます。高校生頃に抑うつがひどくなって自殺未遂を繰り返し、精神科での治療を数年間受けました。数年前まで抗うつ薬の服用を続けていました。結婚した後、子育ての中で過去のフラッシュバックに悩まされ、死にたい気持ちが強くなり、子どもの受診をきっかけに、TSプロトコールによる治療が開始されました。
1クールのトラウマ処理が終わった所で、昔から幻聴があって、自分の中に何人かいる感じがずっとしていたという開示がありました。トラウマ処理が一段落したあと、幻聴が強くなったと言います。そこでTS自我状態療法を開始しました。
・1回目
脈拍を見て、パルサーのスピードを合わせ、パルサーをメグさんに握ってもらい、「軽く目をつぶってください。治療者が色々なことを言いますから、それがイメージできたら、ハイと言ってください」と述べて治療を開始しました。
「心臓のあたりに、緑の芝生の公園を思い描いてください」、ハイを確認し、「芝生の上に小さいお家をイメージしてください」「家の扉を開け、中に入ってください」と指示しました。
家の中に入ったことを確認したうえで質問します。
「中は明るいですか、暗いですか?」
「はい。明るいです」
「そこはメグさんのこころのお家で、安全な場所です。そこに好きなものを何でも持ち込んでください。お菓子でもカラオケセットでも、何でも結構です。『みんな、出てきて』と声をかけてください」
「みんな、出てきて」とメグさんが声をかけたのを確認して、
「何人いますか?」
「5人です」
「年齢と名前を聞いてください」
少し時間を掛けて、全員の名前と年齢を確認してもらいました。
30歳頃の女性、トシさん。小さい赤ちゃんの女の子チカちゃん。幼稚園児、アンズちゃん。小学生の女の子コスモスさん。それ以外に、影のようなぼんやりしている男性がいるといいます。そこでその人を、クロさんと命名しました。
「クロさんと呼んでもいいか聞いてください」
「よく分かりませんがダメとは言っていません」
「皆さんに言ってください。皆大事な兄弟姉妹。辛い体験をして皆生まれてきたので、一人も消えなくていいし、一緒に生きていってほしい」
メグさんが告げるのを確認したうえで、
「チカちゃんを膝に抱いてください」とお願いしました。
「ぎゅっとハグしてください」
「チカちゃんはどんな顔をしていますか」
「とても怖い顔をしています」
「ひるまないで、ぎゅっともう一度ハグしてください」
「これまで放っておいてごめんね、これからずっと一緒だよと伝えてください」
メグさんがチカちゃんに声をかけたことを確認して、
「チカちゃんの鎖骨のところに、イメージでパルサーを当ててください」と、パルサーを握っている手を、メグさんの鎖骨の下に誘導し、「チカちゃんと一緒に鎖骨の下に2セット行います」と述べて、同側、対側の左右交互刺激と深呼吸を計2セット行いました。
「チカちゃんはどんな顔をしていますか」
「ニコニコしています」
「もう一度しっかりハグしてください」
「今日はこれで終わりにします。次回クロさんのトラウマ処理をします。皆を集めてください。一緒に4セットをやろうと声をかけてください」
メグさんに「皆で4セットをします」と声をかけ、メグさんに通常の腹、鎖骨下部、前部、こめかみの4セットの左右交互刺激と呼吸法をしました。
パルサーを回収し、1回目を終了しました。この治療の間、メグさんは泣き続けていました。
・2回目
今回はクロさんを取り上げました。最初に脈を測り、パルサーをメグさんに握ってもらい、前回と同じように、心臓の辺りに芝生の公園とその上に立つ家をイメージしてもらい、家の中に入り、「みんな出てきて」と呼びかけました。
「クロさんはいますか?」と声かけしてもらうと、クロさんは少し渋っているとのことです。しかしトシさんが協力をしてくれ、一緒にやろうと声をかけてくれました。
「クロさんに皆で伝えてください」
「これまで守ってくれてありがとう」メグさんが声をかけるのを確認して、「クロさんは何か言っていますか?」「何も言っていませんが、輪郭がはっきりしてきました」
「一緒にやってくださいとお願いをしてください」
メグさんに「一緒にやるよ、皆一緒だよ」と治療者は声をかけながら、4セットのパルサーによる簡易型トラウマ処理を行いました。
「皆、平和共存。一人も消えなくていいので、皆で協力しましょう」ともう一度声をかけてもらい、2回目を終了しました。
・3回目
TS自我状態療法を開始すると、赤ちゃんのチカちゃん、幼稚園児のアンズちゃんは早々見えなくなったといいます。トシさん、コスモスさんだけで、コスモスさんは小4ぐらいの女の子と分かりました。そこで皆一緒にやるよと声をかけてもらい、トシさんを中心に、皆で4セットパルサーによる簡易型トラウマ処理を実施しました。
・4回目
TS自我状態療法を始める前に、前回から様子がおかしい、トシさんが怒っていると言います。コスモスさんも寝てしまっていると。ほうっておいてほしいとコスモスさんは言っていると言います。
これまでと同じ方法で、TS自我状態療法を開始すると、コスモスさんのそばに新しい女の子が登場していました。何を怒っているのか確認してもらうと、記憶をつないでだいじょうぶなのかと言っていると言います。その女の子は、メグさんを表者と認められないというのです。トシさんによればこの新しい人が辛い記憶を抱えているということでした。名前を聞くとサクラさんという名前でした。ここでメグさんが思い出しました。
「中学生の頃、家の中に居場所がなく、その前後から、母親から怒鳴られ叩かれているときに意識を飛ばしていました」と語りました。
そこで皆にもう一度呼びかけてもらいました。
「皆に次のように伝えてください。皆大事な兄弟姉妹、皆一人もいなくならなくていい。皆一緒に生きていってほしい」メグさんが皆に語るのを確認し、「皆さん一緒にやってください」と、形としてはメグさんへの4セットのパルサーによる簡易型トラウマ処理を実施し、この回は終わりにしました。
・5回目
TS自我状態療法を開始し、サクラさんのトラウマ処理を行いました。サクラさんは中学生の時の家出した記憶を抱えていました。サクラさんへの3セット(腹、鎖骨下部、頭)へのトラウマ処理の最中に、「あっ!」とメグさんが声を上げました。
その後、皆で一緒に4セットを実施し、TS自我状態療法を終了した後で、メグさんは、家出の最中に親戚の家に転がり込んで、その時に、いとこのお兄さんから深刻な性被害を受けたことを思い出したと語りました。実はサクラさんはその記憶を持っていたのです。またこの時にクロさんが登場したことも明らかになりました。
その後、皆とコミュニケーションが出来ていて、仲良くできているという報告を受けたので、TS自我状態療法として実施したのは、この5回だけでした。
治療開始後1年余り母子ともに安定した生活が送れるようになり、治療開始から2年後、母子ともにトラウマへの治療は終了になりました。
少しだけ解説を加えます。
大切なことは、TS自我状態療法に入る前に、TS処理でフラッシュバックが下がるという体験をクライアントが持っていることで、その経験があるからこそ、幼い裏者への処理が、鎖骨下部2セットの処理だけで、「凄く怖い顔」が「ニコニコ」に変化するのです。
裏者たちは減ったり増えたりしますが、あまり詮索しなくても、こころの働きに従っていくことが必要です。また表者と裏者、裏者相互にコミュニケーションが可能になれば、このTS自我状態療法という特異な治療は終了にして構いません。
後は、「皆さん元気ですか」と確認をして、大丈夫ならTS処理を続ければよく、「最近〇〇さんが口をきいてくれません」とかいうことが報告されたら、その時にだけ再びTS自我状態療法を行い、呼び出したうえで和解を取り持てばいいわけです。