米国で使われなくなった「効果の疑わしい抗がん剤」の一部が日本では保険適用のままに…驚きの実態とその原因

AI要約

日本で使用されている抗がん剤の一部が米国で承認撤回されたことが明らかになった研究結果が発表された。特に、日本では迅速承認制度による医薬品承認により、効果が疑わしい抗がん剤が長期間市場に留まっている可能性が指摘されている。

迅速承認制度は、エビデンスが不十分な状態でも候補物質を医薬品として承認できる特別な枠組みである。米国では迅速承認を受けた医薬品は市販後調査が義務づけられ、撤回も可能だが、日本には撤退を促す仕組みがない。

研究では、米国、日本、欧州の抗がん剤の承認・規制状況が比較され、撤退が報告された抗がん剤23品目に焦点が当てられた。現在の日本の医薬品市場における制度の問題点が浮き彫りになっている。

日本で用いられている抗がん剤の一部に、効果が疑わしいとして米国で承認撤回されたものが存在しているという研究結果が発表された。米国臨床薬理学会の国際誌Clinical and Translational Science誌に掲載されている。研究に携わったエバーハルト・カール大学テュービンゲン研究員の秤谷隼世さんは「がん治療においては『迅速承認制度』という特別な医薬品承認の枠組みがある。日本には、この制度で承認された医薬品を撤退する仕組みがないことが問題だ」という――。

■「迅速承認制度」という医薬品承認の枠組み

 読者のみなさん、はじめまして。ドイツでRNA創薬研究に従事する秤谷隼世と申します。

 突然ですが、日本で用いられている抗がん剤の一部に、効果が不十分ですでに米国で承認撤回されているものが存在していると聞いたら驚くのではないでしょうか。

 今回紹介する研究は、アイルランド王立外科医学院、医療ガバナンス研究所、ルンド大学との共同研究で行われたものです。その成果は、米国臨床薬理学会の国際誌Clinical and Translational Science誌に” Continued cancer drug approvals in Japan and Europe after market withdrawal in the United States: A comparative study of accelerated approvals”という論文名で掲載(2024年7月11日公開)されました。

 一般に、がん治療においては、科学的に頑健な有効性の指標である全生存期間(Overall Survival, OS)を用いて臨床試験で有効性を評価することが推奨されます。しかし、全生存期間での評価には、疾患によっては複数年単位の評価が必要となります。何年もかかる試験の結果を待っているようでは、重篤ながんを抱えている患者さんなど、救えるかもしれない命が手遅れになりかねません。また、製薬企業はあえて強調しませんが、臨床試験のコストが嵩んでしまうという問題もあります。そこで、日・米・欧の各国、地域では、通常の薬事承認とは別に「迅速承認制度」という特別な医薬品承認の枠組みが設けられています。

■日本には「承認を受けた医薬品」が撤退できる仕組みがない

 迅速承認制度が通常の薬事承認と異なる点は、エビデンスが十分に確立されていない状態でも、候補となる物質が医薬品として承認されることがあるということです。米国で迅速承認を受けた医薬品は、製薬会社による市販後調査(確認試験)が義務付けられています。確認試験の失敗や遅延を認めた場合は、米国食品医薬品局(FDA)はその医薬品を市場から撤回することができるようになっています。

 実際近年、FDAは「効果の疑わしい抗がん剤」が市場に長々と引き留められているような現状を改善すべく、迅速承認から市場撤退までの速度を速めているといった現状も私たちは以前、別の医学雑誌に報告しております(H. Hakariya et al., QJM, 2024)。

 欧州でも同様に撤回の仕組みが存在しますが、日本では、一度当局から承認を受けた医薬品が撤退できる仕組みは存在しません。

 そこで私たちは、世界の医薬品市場の大部分を占める米国・日本・欧州に着目して、抗がん剤の迅速承認制度の承認・規制状況を比較しました。具体的には、2023年4月30日時点で米国において撤退が報告されている抗がん剤23品目に注目し、これらの日本・欧州での承認状況を各国・地域の規制当局が発表するデータベースや製薬会社による発表資料などに基づいて精査しました。